2018年11月17日土曜日

第4回 LCシネマ文化学が開催されました


11月15日木曜日の夜、第4回目のLCシネマ文化学が開催されました。参加者は学生さんが10名、教員が1名。天神北のKBCシネマで、下記のドキュメンタリ映画を鑑賞。

 華氏119(外部サイト)

「ボウリング・フォー・コロンバイン」などの作品で有名な、マイケル・ムーア監督の新作。宣伝ではトランプ大統領が前面に押し出されていましたが、むしろこの作品で中心的に描かれているのは、トランプ大統領が誕生する背景としての、アメリカの現状。特に、監督の故郷であるミシガン州フリントの水道水汚染の問題などに、多くの時間が割かれていました。

映画の鑑賞後、すでに夜も遅かったため、学科の行事としてはその時点で解散。残った面々で某パブへ移動し、夕食をとりつつ、今観たばかりの映画を巡ってトーク。映画と同様、必ずしもトランプ個人は話題の中心にならず、トランプに投票した人々のこと、いわゆる「排外主義」の問題、ヘイトスピーチの問題、そして日本のこと、等々が話し合われました。途中、そもそもドキュメンタリ作品で描かれていることは「(客観的な)事実」なのか、という問いも。

今まで関心のなかった事柄について、この映画を観て少しでも興味を覚えてもらえたならば、教員としては満足。この作品をきっかけに、さらに他のドキュメンタリ作品も観てもらえれば、と、夢想したりもしています。

さて、この映画企画ですが、せめて今年度、後一回は開催したいところ。当面の候補作は、すでに公開中の下記。

 パウロ 愛と赦しの物語(外部サイト)

参加希望者は随時、募集中。どうか気軽に、小笠原までご連絡下さい。

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2018年11月16日金曜日

「どうぞどうぞ」の社会心理学(縄田健悟)

文化学科のブログ委員でもある縄田から,平成30年度第10回目の教員記事をお届けします。



「どうぞどうぞ」の社会心理学

縄田健悟(心理学)

文化学科教員の縄田です。 こんにちは。

専門は社会心理学です。
ざっくりいうと「人間関係の科学」みたいなことを研究しているんですが,
今日は,「他人に合わせて行動する」ことに関して,書いてみたいと思います。


ダチョウ倶楽部の持ちネタで「どうぞどうぞ」ってご存知ですか?






1. 熱いおでんを食べる,熱湯風呂に入るといったことをしたがらない上島竜兵に,
2. リーダーと寺門が「じゃあ俺やるよ」と手を挙げて,
3. 「じゃあ俺も…」と竜ちゃんが手を挙げたときに,
4.「どうぞどうぞ」と二人が言って,
5. 結局,竜ちゃんがしたくないことをすることになる,

という定番ギャグです。

さて, この竜ちゃんが手を挙げた行動,
これは周りの人に合わせて手を挙げたという意味で, 社会心理学では「同調」と呼ばれる現象です。

で,この心理メカニズムなんですけど,実はこれ,結構解釈しにくかったりもします。

◆同調


まず,同調の説明をします。

同調とは,周りの人皆がやっているのと同じ行動を取ることです。

この同調,心理面では大きく2つに大別されます。

(1)規範的影響に基づく同調
(2)情報的影響に基づく同調

です。

(1)規範的影響に基づく同調


こちらは 「自分だけ他人と違う行動を取って,周りから嫌われたくないなあ」と思って同調するものです。

授業では,アッシュの同調実験を紹介しました。
この実験ではフリップにかかれている同じ長さの線を選ぶっていう,一人ならほぼ間違えない問題に答えてもらいます。
このとき,集団の周りの人が全員が間違えた①だと答えていたら,②に見えるんだけどなあ,と思いながらも,周りに同調する人が続発します。

1950年台のアメリカの実験では,12回中1回以上同調したのが4分の3くらい,と多くの人が同調してしまいました。
文化差も報告されてはいますが,基本的にはどこの国でも起こる現象です。


(2)情報的影響に基づく同調

こちらでは「皆がそうするなら,こっちが正しいに違いない」と考えて同調しています。

行列のできた店に自分も並ぶというのは,それが「美味しい」お店だと思って,皆と同じように同調して並ぶわけです。

もしくは,例えば,賞状の受け取り方とか,お焼香の仕方が分からないときに,
皆がやってるのと同じやり方でやります。
それが正しいだろうと判断して。



この2つ何が違うの?


違いは特に,内面化度合い,つまりその皆がやっている行動を本心に取り込んでやっているかどうかに表れます。

規範的影響に基づく同調だと,本当はやりたくなくとも,自分だけ違う行動を取って嫌われないいために同調します。

情報的影響に基づく同調だと,皆がやってることは正しい・良さそうだなと,自分の意見として取り込んで同調しています。



じゃあ,ダチョウ倶楽部の「どうぞどうぞ」はどっち?


で,ダチョウ倶楽部の「どうぞどうぞ」ってどっちだと思います?

もう一回振り返ると,熱いおでんを食べるなどの「嫌なもの」をやりたくないときに,周りの二人が手を挙げたことに同調しています。


もしもここで, 「あれ?皆が手を上げるなんて,もしかして熱いおでんは美味しいかな?」と意見を変えて手を上げていれば,情報的影響です。
 
一方で,「皆も手を挙げている中,自分だけ手をあげないなんて浮いちゃうかな,マズいかな」と思って,本心では嫌だと思いながら手を挙げていれば,これは規範的影響になります。
 
さーて,どっちなんでしょう。

手を挙げた時点で「熱湯風呂」に対する態度変容が伴っているかどうかが分ける鍵なのですが, まあギャグですからね。


竜ちゃんの内面は分からないですし,きっちり分けるの難しいかもしれません。
 
学生にも授業のコメントシートを通じて尋ねてみたのですが,
情報的影響として解釈する人が若干多かったとはいえ,
結構,意見は割れていました。


◆ギャグが生まれた瞬間では


「どうぞどうぞ」のギャグが生まれた場面に関する記事を見つけました。

- ダチョウ倶楽部が定番ギャグの誕生秘話明かす ロケでの偶然
寺門は「あれは現場から生まれたんですよ」とコメントし、上島がバンジージャンプをするはずだったロケ現場で、まさに飛ぶ直前になって上島が拒否してしまった状況を説明した。
その現場は、番組用に特設されたもので、クレーン車2台を使った大規模なものだったそう。肥後は「制作費がパーになるから、スタッフに申し訳ない」と思ったらしく「上島が飛ばないんだったら僕が飛びます」と言ったそうだ。
そこに寺門も「だったら、オレが飛ぶよ」と言い出し、そこで上島も「じゃあやっぱりオレが飛ぶ」と言ってしまい、それを受けてふたりが「どうぞどうぞ」と返し、上島が「なんだそれは!」とツッコミを入れたのがきっかけで、ギャグが誕生したそうだ。
ギャグが誕生したシーンでは,どうやら規範的影響で同調したみたいですね。

リーダーと寺門が「俺が飛ぶよ」と手を挙げている状況で,

上島竜兵が自分だけ「飛ばない」なんて言えず,つい手を挙げてしまったというものです。
別にバンジージャンプが楽しいかもとは思ってないので,情報的影響ではないわけです。

とはいえ,ギャグの場面でも同じく規範的影響なのかというとそれは分からないことです。

*


さて,こうしてダチョウ倶楽部の定番ギャグを社会心理学の視点から解釈してみました。


こうしたちょっとしたギャグも,人間関係における心理・行動的な背景をじっくり考えてみると,けっこう興味深いものではないでしょうか。



2018年11月10日土曜日

第6回・第7回 LCアーベント開催のお知らせ

第6回目、及び第7回目のLCアーベントの詳細が、下記の通り決定しました。

 【LCアーベント】
 日時 11月20日(火)16:30-18:00
 場所 A702教室
 提題者 落合桃子 先生(芸術学・美術史)
 題目 近代ドイツにおけるマルティン・ルターのイメージ

 【LCアーベント】
 日時 12月17日(月)16:30-18:00
 場所 A604教室
 提題者 小笠原史樹 先生(哲学・宗教学)
 題目 物語られる生の諸相――生命倫理・神話・映画(仮)

11月は火曜の夕方、12月は月曜の夕方の開催です。教室も異なりますので、ご注意下さい。

事前の登録などは不要です。お誘い合わせの上、ぜひ気軽にご参加を。

なお、小笠原の発表には、下記の作品に関する「ネタバレ」が含まれる可能性があります。予めご了承下さい。(ちなみに「ワンダフルライフ」以外は、図書館のDVDコーナーで視聴可能。)

 「ライフ・イズ・ビューティフル」(ロベルト・ベニーニ監督、1997年)
 「ワンダフルライフ」(是枝裕和監督、1998年)
 「ビッグ・フィッシュ」(ティム・バートン監督、2003年)
 「ミリオンダラー・ベイビー」(クリント・イーストウッド監督、2004年)

第5回 LCアーベントが開催されました


10月29日月曜日の夕方、第5回目のLCアーベントが開催されました。参加者は学生さんと教員を合わせて約10名。

今回の提題者は、地理学がご専門の藤村健一先生。タイトルは「世界遺産候補「百舌鳥・古市古墳群」の天皇陵の意味をめぐる葛藤――聖域か、文化財か、観光地か?」。

ご提題の中には未発表の調査データなどが含まれているため、細部について詳述することは避けますが、主な内容は、この古墳群に対する様々な意味づけ(①聖域、②観光地・観光資源、③文化財、④地域のシンボル)の整理や分析、そのような意味づけを行っている人々に関する調査の報告、それらの意味づけの間で生じる摩擦やその要因に関する検討、等々。多くの具体的な事例に基づく明晰なお話は、門外漢の私にもわかりやすくて引きこまれました。

後半の質疑応答では途切れることなく手が上がり、終了時間まで活発な議論が交わされたのはもちろん、終了後、某居酒屋への道程でも議論が続いたりしました。宗教研究の方法論に関する他分野からの問題提起などもあり、文化学科ならではの生産的な研究会だったように思います。私個人は、「聖域をして聖域たらしめる本質とは何か」という問いに心を奪われる一方で、哲学者や神学者の書いた本を読むだけで「宗教」にアプローチすることの限界を改めて痛感させられる、そんな夕べでした。


さて、今後のLCアーベントですが、年内に二回、開催する予定。詳細については、このブログ上の告知記事をご参照下さい。

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2018年10月30日火曜日

未知の文献と向き合う―安徽大学蔵戦国竹簡の実見調査―

平成30年度第9回目の「教員記事」をお届けします。中国哲学がご専門の中村未来先生です。人間とはどのような存在なのか? 善く生きるには、どのようにすればよいのか? こうした問いを、古代の思想家たちも、現代のわれわれと同じように考えていたことが資料調査からもうかがい知れることを、複数枚の写真とともにご紹介いただいております。



未知の文献と向き合う―安徽大学蔵戦国竹簡の実見調査―
   
     中村未来(哲学)

 中国では近年、開発にともなう遺跡調査の進展、また盗掘された資料の流出などによって、次々と出土文物が発見されています。2015年初めに安徽大学が入手した約1200枚の竹簡(紙以前の筆記媒体。竹の札に文字が記されたもの)群もその一つであり、多くの中国古代研究者により、その公開が待たれています。
 2018年3月、幸運にもこの竹簡を実見調査する機会を得ました。ここでは、まだ図版も釈文も刊行されていない新たな文献群「安徽大学蔵戦国竹簡」(以下、安大簡)について、少し紹介してみたいと思います。
 
安徽大学の所在地(※図はgoogleマップより)

 安大簡は、炭素同位体や赤外分光・結晶度などの科学的分析結果などにより、中国の戦国時代早中期頃、つまり紀元前400~前350年頃の竹簡であろうと考えられており、中には経書や歴史書、諸子百家や人相・夢占いに関する書物まで、非常に多岐に渡る内容が含まれていることが整理者によって公表されています[参考①]。
 今回の学術調査では、整理者の一人である安徽大学の徐在国教授に、直接お話を伺うことができました。

徐在国教授との会談

 徐教授は、安大簡の中でも、特に五経の一つである『詩経』国風(15の地方諸国の民謡を集めたとされる部分)に類似する文献の検討を試みており、安大簡には伝世(現代にまで脈々と伝えられてきた)『詩経』には見られない「侯」国の記述があると指摘しています[参考②]。「侯風」に収められた詩は、伝世の『詩経』では「魏風」(魏の民謡)に分類されています。そのため、「侯」国とは一体何なのか、どの国(あるいは地域)に比定できるのかと尋ねてみましたが、残念ながら現時点においては調査段階で未詳とのことでした。ただし、安大簡はこれまでに発見された、ある一定のまとまりを持つ『詩経』関連文献の中では、最も早期のものと考えられており、もともとは「侯風」であったものが、『詩経』が経典として整えられていく中で「魏風」と関連付けられて説かれるようになっていったことは間違いないとお話くださいました[参考③]。

竹簡の実見調査

 実見することができた竹簡(安大簡の一部)は、トレーに入れられ、保存液に浸された状態で談話室に運ばれてきました。全ての竹簡は戦国時代の南方楚地域の字体で記されており、それらが実際に諸子百家の時代に書写されて読まれていたこと、また二千数百年の時を超えて目の前に現れたということを思うと、感慨深い気持ちになりました。
 経書の成立や古代文献の変遷過程、また古代の人々の思想や文化は、史料的制約もあり、不明な点が多く残されていますが、このように、近年の出土文献の発見や研究の推進によって、少しずつその実体が明らかになってきていると言えます。例えば、儒家の孟子や荀子が唱えたとされる性説(性善説・性悪説)ですが、孟子とほぼ同時代(紀元前300年頃)の古代文献中には、「人間には誰でも性が備わっているが、その心は生まれながらに方向性の定まった志がある訳ではない。つまり、人間はもって生まれたものだけで自動的に必ず善に赴く訳ではなく、善に赴くためには、外界の事象から影響を受ける必要がある」[郭店楚簡『性自命出』:参考④]と説くものも発見されています。
 人間とは何なのか?一体何を指針とすれば良いのか?善悪とは?よりよく生きるにはどうすれば良いか?――古代文献に窺えるそれらの記述を目の当たりにすると、何千年も前から人々は現代の私達にも通じる問いを前に、悩み、考え、そして答えを見つけ出すために模索していたのだと感じます。
 
安徽大学のみなさんとの座談会の様子

 安徽大学の近くには、石器時代の祭器から文房四宝に至るまで、各時代の多様な展示物を取りそろえた安徽博物院(安徽省博物館新館)があり、私も足を運んでみました。中国の博物館はそのほとんどが入場無料であり、貴重な文化財を身近に感じることができるため、とてもオススメのスポットです。次に掲載した画像は、安徽博物院が所蔵する「鄂君啓金節」と呼ばれる中国戦国時代の水路・陸路の免税通行証です。安徽省寿県から出土したとされる金節は、銅を用いて鋳造され、そこに金の楚系文字が記されており、文字学上、また地理学や当時の行政制度を検討する上でも貴重な史料と考えられています。

鄂君啓金節(※画像は安徽博物院HPより)

 また、安徽大学のある合肥市は、三国時代に魏軍と呉軍が幾度となく戦火を交えた場所でもあり、それらにまつわる史跡(逍遥津公園・三国遺跡公園など)も多く残されています。次にあげた明教古刹(明教寺)は、賑やかな繁華街のすぐ側にあり、魏の曹操が軍事訓練のために建てた「教弩台」の上に増築されたものと言われています(※寺内部の観覧は10元)。
明教古刹

 さらに、周辺には清末に活動した李鴻章の旧居も見え、静謐な佇まいの中に、歴史の重みを感じることができました(※故居内部の観覧は20元)。
 この調査旅行を通じて、安徽省は古代から近代に至るまで、多くの歴史事件や著名な文化遺産と繋がる由緒ある街なのだと改めて感じることができました。文献を精読することはもちろん非常に重要な作業であり、決して疎かにしてはならないことだと言えますが、それと同じくらい現地を実際に訪れ、現物に触れることで得られる体験や知識も貴重なものであると思います。

李鴻章故居


【参考】
① 黄徳寛「安徽大学蔵戦国竹簡概述」(『文物』2017年・第9期、54-59頁)
② 徐在国「安徽大学蔵戦国竹簡《詩経》詩序与異文」(『文物』2017年・第9期、60-62頁)
③ この調査の後、安徽大学の副教授である夏大兆先生が、「侯」とは五等爵(公侯伯子男)の侯を意味し、晋国を指すものであるという論考を発表されました(夏大兆「安大簡《詩経》“侯六”考」、《貴州師範大学学報(社会科学版)》2018年04期、2018年7月刊行)。
④ 郭店楚簡『性自命出』(浅野裕一・竹田健二・湯浅邦弘・菅本大二・福田哲之「郭店楚簡各篇解題」、『中国研究集刊』2003年、33頁)
⑤ 安徽博物院HP:http://www.ahm.cn/cangpindetail_68_113,115.jsp(2018/9/6 確認)

□中村未来先生のブログ記事
・孔子の爪―中江藤樹記念館を訪問して―

2018年10月16日火曜日

動物は家族であるか?(LC16台 黄田姫加さん)

2018年度5回目の学生記事をお届けします。文化学科3年生の黄田姫加さんが、「ペット」と暮らすことに関して記事を書いてくれました。


2018年10月13日土曜日

第4回・第5回 LCシネマ文化学開催のお知らせ

11月、課外活動の「LCシネマ文化学」を二回、開催する予定です。観にいく予定の作品は、下記の二つ。

 「華氏119」(マイケル・ムーア監督のドキュメンタリ)
 https://gaga.ne.jp/kashi119/ (外部サイト)

 「パウロ ~愛と赦しの物語~」(使徒パウロを題材にしたクリスチャン映画)
 http://www.paul-love.jp/ (外部サイト)

今までと同様、具体的な日程などについてはメール等で連絡・相談します。

新しくこの企画に参加してみたい、という学生さんは各自、小笠原までメールでご連絡下さい。メールの件名の冒頭には「【LCシネマ文化学】」と記し、本文には必ず学籍番号と氏名を明記。メールを送ったからといって絶対に参加しなければならないわけではありませんので、ぜひ気軽に連絡を。

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