2018年9月4日火曜日

第3回・第4回 LCアーベントが開催されました

すっかり報告が遅くなってしまいましたが、6月と7月、第3回目と第4回目のLCアーベントが開催されました。

まずは6月12日、第3回目として、文化人類学がご専門の宮岡真央子先生にご発表いただきました。提題のタイトルは「〈牡丹社事件〉の記憶と交渉――台湾先住民の視点から」。参加者は、学生さんと教員を合わせて十数名。

今回の提題での〈牡丹社事件〉とは、1871年に琉球民が台湾南部恒春半島に漂着し、その内54名が台湾の先住民パイワンによって殺害されたとされる事件と、1874年に西郷従道軍が恒春半島へ軍事侵攻して占領した事件のこと。この事件の記憶はどのように共有化(commemorate)されてきたのか。

提題の前半では、五種類の記憶の共有化(commemoration)が紹介されました。①西郷従道や明治政府による、1871年の事件で殺害された54名の墓の改修など。②台湾総督府による墓の清掃・改修や、新たな記念碑の建立など。③琉球人遭難事件に関する記憶の共有化。琉球人の救助に関わった現地漢人による祭祀。遭難者の同郷人による、救助者や遭難者の詳細に関する調査や、遭難者の氏名を刻んだ墓碑の設置など。④国民党政権下での、記念碑の碑題の書き換えなど。⑤台湾民主化以降の、石碑周辺の整備や公園化など。

これら五つのコメモレイションはそれぞれ、①西郷軍の武力侵攻と占領の正当性、②台湾総督府の台湾統治の正当性、③遭難した琉球人の慰霊と、救助・保護に関わった漢人への感謝、④抗日経験、等々を共有化しようとしたものであり、⑤は日本をめぐる記憶を再評価しようとするもの。ところが、それらの記憶の場において、パイワンの人々の記憶は顧みられてこなかった。

近年、パイワンの人々による牡丹社事件の再解釈が始まっている。事件に関するパイワンの伝承が収集され始め、学術的にも、パイワンの視点から牡丹社事件を論じた論文が発表された。先住民のイメージや琉球人殺害の理由、戦争の勝敗などに関して、従来とは異なる見方が示されている。牡丹社事件に関する国際的な学術シンポジウムも開催され、関連の研究も活発になっている。

沖縄・宮古との交流も試みられており、2005年には牡丹郷の21人が沖縄本島と宮古島を訪問。2007年、「愛と和平」記念碑が2基制作され、1基は宮古島市に贈呈された。その記念碑贈呈式では牡丹社事件の演劇が上映され、そのラストでは、琉球人とパイワンの魂が天国で和解する場面が描かれる。

2014年には、牡丹社事件紀念公園が開園。公園に設置された説明板の文章の最後は、国家や多数派住民への、パイワンから見た牡丹社事件のコメモレイションの呼びかけになっている。パイワンの人々による事件の再解釈や公園の整備などは、歴史について語る場を獲得し、そのような歴史語りにおける主体性を回復するための実践である、と考えられる――。

提題に関する質疑応答では、生物学的条件の異なる集団間でのコメモレイションはどのように可能なのか、コメモレイションそのものの多様性や文化差をどう考えるのか、記憶を共有する範囲の問題、記憶を喚起するメディアとしての「もの」の必要性、人間の語る物語の数と幸せの関係、伝承のツールとしての文字・音声・絵画、そもそも歴史の「真実」を捉えることはできるのか、等々、活発な議論が交わされました。

続いて7月2日、第4回目として、犯罪心理学がご専門の大上渉先生から、「国家の安全を脅かす犯罪――テロリズム・スパイ活動の心理学」というタイトルでご発表いただきました。参加者は、学生さんが十数名、教員が5名。

国家の安全を脅かす犯罪としては、テロ、スパイ、秘密工作活動などが挙げられるが、日本の犯罪心理学では、そのような犯罪はほとんど取り上げられてこなかった。しかし、海外では研究が進んでおり、心理学がテロ対策などに寄与する、とも言われている。例えば、心理学に基づいてテロの前兆を察知したり、テロ組織の犯行パターンを把握したり、協力者の候補を評価したりすることができる。

テロ対策としては、事前の防止と事後の捜査がある。日本では事後捜査に重点が置かれており、従来は、現場鑑識や科学捜査、思想的背景の分析などが行われてきた。爆破事件の現場に散乱していた破片から犯行車両のナンバーを復元する、起爆装置に使われた腕時計を特定する、爆弾製造マニュアルの記述と論文に共通する思想を探す、犯行声明文の言い回しから犯人を特定する、等々。

これら二つの方法の他に、もう一つ、犯行パターンの解析が役立つのではないか。テロ組織は独自の戦術に固執する、と指摘されている。攻撃の目標や方法は組織の中で決定され、攻撃方法の学習や武器の供給も組織内で行われるし、一度成功した攻撃方法が繰り返される。テロ組織の犯行には規則性やルールがあり、犯行パターンの分析によって犯行組織を推定できる。

新聞記事からテロ事件に関するデータを集め、データベースを作成。発生時間、場所、方法、目的などを入力し、そのデータをSPSSという統計ソフトで分析。攻撃対象との近さや、攻撃対象が無差別か特定されているかなどによって、犯行が特徴づけられる。このデータに基づいて、各テロ組織の犯行パターンを統計的に示すことが可能。

しかし、既存のテロ・グループとの関係が薄いホームグロウン・テロリスト(イスラム諸国から欧米諸国に移民した2世・3世のテロリスト)や、ローン・ウルフ(一匹狼)型のテロリストの場合、この分析はうまくいかないかもしれない。ローン・ウルフ型の場合は組織的な背景がなく、動機も様々。日本では宗教・人種の激しい対立がないため、想定できない犯行動機のローン・ウルフ型テロが発生している。事前の防止が難しい。

以上が前半。犯罪心理学の扱う「犯罪」の範囲、思想の内容と行動に関係があるのかどうか、犯罪研究と犯罪心理学の違い、テロリストの育った環境に共通性はあるのか、等々に関する質疑応答を挟み、後半へ。

後半は、スパイ研究の話題。諜報活動の中で一番心理学と関係が深いのは、人から機密情報を入手する活動(HUMINT)。情報提供者「エージェント」を獲得するときには、社会心理学の説得テクニックが使われている。心理的な抵抗が少ない依頼から始める、些細な依頼を承諾させることで以降の行動を拘束する、報酬を与えることで負い目を感じさせる、飲食しながら依頼して説得効果を高める。

どのような人物が情報提供者になるのか。情報提供者の職業と諜報機関の役割を分類の基準とし、諜報事件のデータを新聞記事や警察庁の資料などから収集して、統計的に分析。情報提供者は自衛官型、自営業型、メーカー社員型、国家公務員型の四つに類型化できる、という結論が得られた――。

質疑応答では、SPSSを用いた研究の仕方、犯罪心理学は個人と社会のどちらを対象にしているのか、想定できない犯行動機のテロは海外では少ないのか、日本のテロ組織の現状、等々に関して議論されました。

※以上はあくまでも小笠原の理解に基づく要約。細かい言葉遣いなど、実際の発表と異なる部分もあります。

というわけで、今年度からスタートしたLCアーベントですが、何とか前期に4回、開催することができました。ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。

後期も、できれば3回か4回程度の開催を予定しています。詳細についてはこのブログ上で告知しますので、ぜひ気軽にご参加下さい。

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