「教員記事」をお届けします。今回の寄稿者は,芸術学・美術史の植野健造先生です。
画家・野見山暁治先生のこと
植野健造(芸術学・美術史)
日本美術史、博物館学等担当教員の植野です。今回は福岡大学にも縁のあった画家・野見山暁治先生のことについて書いてみたいと思います。
野見山暁治(のみやま・ぎょうじ)先生は、
昨年2023年6月22日、心不全でご逝去されました。享年102歳、最後まで現役の画家であり続けた生涯でした。
野見山暁治先生は1920年現在の福岡県飯塚市に生まれました。嘉穂高等学校卒業後、1938年東京美術学校(現在の東京芸術大学)に入学、1943年卒業、ただちに戦争で応召、満州に派遣されるが、病気のため帰国しました。戦後1952年から1964年にかけて12年間フランスに留学、滞仏中の1958年ブリヂストン美術館で個展を開催し、これによって同年第2回安井賞を受賞しました。帰国後、1968年東京芸術大学助教授、1972年から教授を務めました。1978年『四百字のデッサン』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞するなど著書も多く、2014年文化勲章を受章されました。
福岡大学文系センター棟4階の第4会議室奥のロビーに、野見山暁治先生の「卑弥呼の国」という大きな油絵作品が掛けられています。1986年の作品で、同じ文系センター棟5階の国際会議室ロビーの壁面に設置されている石彫レリーフの下絵にあたります。両作品とも通常は残念ながら非公開となっています。
1984年、福岡大学は創立五十周年を迎え、その記念事業の一環として文系センター棟が建設されました。その後、1985年同センター棟5階の「国際会議室」ロビー壁面に、福岡大学が二十一世紀に向けて躍動するに相応しい絵画を飾ることになり、福岡県出身で東京芸術大学名誉教授の野見山暁治画伯に作品を依頼することになったようです。
野見山先生は絵の制作にあたり、同センター棟16階ラウンジから博多湾を眺める機会をもちました。他の国々から風が博多湾に向かって吹いてくるような印象を受け、さらにその風がひとつになって集まってくる人々が創ったという伝説の国のイメージが湧きあがり、一挙に油絵にして描きあげたのが油絵「卑弥呼の国」と題した作品であると述べられています。その後「卑弥呼の国」は、約半年間かけて、石彫レリーフとして制作され、1987年に石材27枚をつなぎ合わせ横約11.3メートル高さ約3メートルの壁面に石彫レリーフが完成設置されました。
野見山先生は、これら2点の作品が一般市民の方々のみならず、福岡大学の学生さんたちにも公開されていないことをつねづね残念に思われているようでした。
野見山暁治(原画・監修)《卑弥呼の国》
1987年完成、石彫レリーフ
福岡大学文系センター棟5階国際会議室ロビー
2011年7月15日撮影
ちなみに、私は久留米市の石橋財団・石橋美術館(現在は久留米市美術館)の学芸員時代の2004年に野見山先生の絵を美術館で購入してもらえることになり、作品の選定のため東京都練馬区の野見山先生のご自宅兼アトリエを訪問する幸運に恵まれました。その際に購入した《風の便り》(1997年)は現在、東京の石橋財団・アーティゾン美術館に所蔵されています。貴重な思い出です。
先生の本格的な回顧展覧会は、これまで1983年に北九州市立美術館で、1996年に練馬区立美術館で、2003年に東京国立近代美術館ほか3館で、そして2011年に石橋美術館などで開催されました。石橋美術館での回顧展の際に、ある美術史家が新聞紙上の展覧会評で次のようなことを書かれていました。野見山暁治の回顧展は過去何度か開催されたが、この画家の凄いところは、最近作がつねに最も新鮮で気力に満ち魅力的な作品となっている、そのために回顧展も自動的に最新のものが最も充実している、と評されていました。この評言(ディスクール)に私も大いに同意するところです。私は個人的見解として、現代日本において最も優れた絵を描く画家であったと評価しています。
野見山先生は新型コロナ禍の中、2021年12月に満101歳を迎えられました。同年には高島屋などで近作の個展を開催されて、なお身体も制作も充実しておられるところを示されていました。また、近年は作品を整理するために、福岡県立美術館はじめゆかりの美術館に作品を寄贈され、それらの美術館で画家・野見山暁治をあらためて顕彰する展覧会が開催されました。
野見山先生のステンドグラスの作品は、JR九州新幹線博多駅の「海の向こうから」、福岡空港国際線ターミナルビルの「そらの港」、飯塚市役所庁舎の「還ってくる日」などがあります。皆さんも記憶にとどめていただき、機会があればそれらの作品を鑑賞していただければと思います。
話も文章も魅力的で絵はとびきりの名手、最高に格好良かった野見山暁治先生のご冥福をお祈りします。
fig.3
野見山暁治(原画・監修)《海の向こうから》
2011年3月完成、ステンドグラス
JR九州 博多駅 新幹線3階連絡改札口内 4階
2012年6月24日撮影
fig.4
野見山暁治(原画・監修)《そらの港》
2013年1月29日完成、ステンドグラス
福岡空港 国際線ターミナルビル3階ロビー
2014年8月31日撮影
fig.5
野見山暁治(原画・監修)《還ってくる日》
2017年3月4日完成、ステンドグラス
飯塚市役所 エントランスホール
2020年1月13日撮影
fig.6
久留米市美術館で開催された「野見山暁治の見た100年」展会場で自作について語る野見山暁治先生
久留米市美術館にて
2023年4月21日撮影