2020年6月4日木曜日

地域の違いを楽しむ

「教員記事」をお届けします。今回の寄稿者は、地理学の伊藤千尋先生です。


はじめまして。今年度着任した伊藤千尋です。専門は地理学・アフリカ地域研究です。
福岡に来る前は、広島の大学で働いていました。今回は、私が福岡に住み始めて驚いたことを軸にしながら、地域性について考えてみたいと思います。


福岡に住み始めて、とにかく目に入るようになったものがあります。それはイチゴです。
私は特別にイチゴが好きなわけではありませんが、季節になるとそれなりに目に入ってきます。しかし、個人的には「イチゴはたまに買う高級品」という位置づけにあったため、「買う」という選択肢までにはなかなか至りませんでした。それが福岡に来て間もない4−5月、イチゴはどこに行っても大量に陳列され、1パック198円〜という価格で売られているではありませんか。産地に近い直売所などに行けば、さらに大量のイチゴが安売りされており、今がイチゴのシーズンなのだと感じずにはいられませんでした。箱買いしている人びとを横目に見ていると、なぜか「私も買わなければ!」という気になってしまうから不思議です。


イチゴの生産量第1位は栃木県ですが、九州には2位の福岡県、3位の熊本県、4位の長崎県、8位の佐賀県といったようにイチゴ生産量の上位県が揃っています。イチゴは痛みが早いため、産地に近い一大消費地である福岡市にはたくさんのイチゴが溢れているのかもしれません。福岡市民にとっては当たり前の光景かもしれませんが、シーズン中は飽きるほど食べることができる環境に驚きました。

他方、広島にはイチゴではなく、「レモンが安い」という魅力がありました。知っている方もいるかもしれませんが、広島県は全国の収穫量のうち6割程度を占める日本一のレモン産地です。温暖少雨を特徴とする瀬戸内の気候はレモンの栽培に適しており、県内では島しょ部を中心に柑橘類の栽培が盛んです。季節にもよりますが、大きなレモン3−4つが1袋になって198円くらいでした。入手もしやすかったため、ハイボールやドレッシングなど、ここぞとばかりに広島レモンを使う生活を送っていました。

福岡に引っ越してきて、私はまず八百屋やスーパーでレモンを探しました。すると、広島県産レモンは丁寧に個包装され、1個198円という値段で並んでいました。広島レモンはここでは高級食材です。国産レモンがそもそも売っていない小売店もありました。4年半の広島生活のなかで、広島レモンが日々家にストックされている贅沢さに慣れきった私には、辛い現実が突きつけられた訳です。

調べてみると、卸売市場のレモン入荷量に占める国産の割合には、地域差があるようです。産地に近い広島市では、国産率が22.6%ですが、福岡市では0.8%しかありません(注)。そもそも福岡市では市場に国産レモンが出回る割合が低いとなると、以前のような生活は望み薄で、輸入レモンかカボスに鞍替えするしかなそうです。


中学や高校の地理の授業で、「〜の生産量1位は〜県」といったように原材料や食材の産地とそのランキングを覚えた方もいるかもしれません。しかし、このような実感の伴わない暗記より、普段の生活との関わりから、その背景にも目を向け、調べたり考えてみたりすることで、知識として身につくように思います。

例えば、「なぜ福岡県ではイチゴの栽培が盛んなのか?」という問いだけでも、答えるのは容易ではありません。先程、瀬戸内の気候がレモンの栽培に適していたと書きましたが、実は広島県がレモンの一大産地になったことは、自然環境の要因だけに還元できることではありません。そこには産地で農業に向き合う生産者、農協や自治体などの様々な「人」や「組織」、彼等が築いてきた「技術」「制度」「関係性」が関わっています。また、日本や国際社会で起こっているより大きな社会の変化も影響を与えているでしょう。みなさんにとって当たり前の「福岡」という地域のあちこちに疑問符をつけてみるたけでも、学びの種になることは多く広がっています。

「所変われば品変わる」とはよく言ったものですが、それぞれの地域には他の地域とは異なる個性があります。その特徴は様々な側面からアプローチすることができますが、私が専門とする地理学では自然環境と人間活動の関わりに注目して読み解いていきます。また、地域の個性は、時代によって変化します。そんなことを思考のベースにしていると、明らかに自然環境や言語、文化が異なる海外だけでなく、日本国内のどこに行っても発見と驚きがあります。

メディアやSNSによって一方的に切り取られた地域情報が氾濫する現代だからこそ、地に足のついた情報に根ざして地域理解を深めることは大切だと思います。そして、そのプロセスを楽しむことは、人生を豊かにしてくれるのではないかと私は思います。

:川久保篤志. (2008) 食の安心・安全問題と国産レモン生産の回復. 経済科学論集, 34: 77-100.

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