2021年5月17日月曜日

対面・遠隔授業雑感


「 教員記事」をお届けします。今回の寄稿者は、哲学の岩田直也先生です。


 このブログ記事を書いている2021年5月12日、福岡県に3回目の緊急事態宣言が発令されました。変異株によって感染が再拡大し、より若い世代を含めて重症化率が高まっているとの情報もあり、より厳しい措置が講じられるのも致し方なしといったところです。首都圏や関西の多くの大学は一足先に遠隔授業に舵を切っていましたが、福岡大学でも来週から、部分的にではあるものの、再び遠隔授業に移行するとのことです。

 ゴールデンウィーク前までの約3週間は、1年ぶりに対面授業が全面的に実施され、様々な制約があるとは言え学内は非常に賑やかでしたね。私自身昨年度に着任したこともあり、1年越しにようやく教壇に立つことができ、福岡大学にやって来たことを改めて実感した期間でした。新2年生の多くも同じような感慨を抱いたのではないでしょうか。実際、文化学演習Iの授業では、ゼミ生同士顔を合わせて議論することができ、とても楽しいという声も聞かれました(授業内容が多少なりともそれに貢献していたら嬉しいのですが)。私の方も、大人数のクラスだとなかなか難しいですが、学生のみなさんとの直接的な交流を通じて、より大きな充実感を授業から得られています。


 対面授業の良さは様々な仕方で感じられました。まず、話を聞いてくれている学生が目の前にいるので、大人数の講義であっても、ちょっとした表情の変化から「内容が難しかったかな」「話すスピードが速すぎたかな」などより容易に反応が窺えます(マスクの着用もあって必ずしも簡単とは言えませんが)。これは、昨年度に誰の顔も見えないラジオのパーソナリティのような状態でWebex授業やビデオの撮影を行っていたことと比較すると違いは明らかです。また、授業中に全員の前で質問するのはなかなか難しいようですが、授業後に質問を受ける機会は格段に増えました。そして、少人数のゼミでは、徐々に互いの人間関係ができてきて、授業でも気軽に近くの人と話すことができるので、グループディスカッションなどよりスムーズに行えています。さらに、私と毎週顔を合わせざるを得ないプレッシャー(?)があるからか、予習復習を重視する語学のクラスではモチベーションが遠隔より保てるという感想もありました。

 上記のメリットを生かすため、感染状況にもよりますが、専門科目は今後もひとまず対面授業を基本にしWebexを用いてその様子をライブ配信するというハイフレックス授業を行ってみようかと画策しています。今週は準備期間ということで教室でのWebexの使用を実験してみましたが、今のところ問題なくいけそうです。他大学のサイトには、iPadひとつでハイフレックス授業が完結するという記事もあり、機材さえあればハードルはそれほど高くないなという印象です。(URL: https://www.highedu.kyoto-u.ac.jp/connect/topics/kita01.php)また、福大には360度全方位カメラ付きスピーカフォンの貸し出しもあり、それを用いたゼミも面白そうだと考えています。そんなことよりもっと授業内容を工夫してくれという声も聞こえてきそうですが、色々と新しい機材を使ったりするのは好きなのでもはや趣味のような感じで楽しくやっています。

 ここまで読むと対面授業の方が全面的によいと私が思っているかのようですが、実際には必ずしもそうではありません。むしろ昨年度は、遠隔授業のメリットと大きな可能性を認識した一年間でした。まず言うまでもないことですが、このコロナ禍の中でも大学が完全にストップせずになんとか授業が続けられたのは、遠隔授業の活用があったからに他なりません。授業の場所と時間の制約から解放されるメリットは非常に大きいかと思います。講義ビデオなどのオンデマンド授業は、好きな場所で好きな時間に視聴でき、わからない箇所は繰り返し見れて便利ですという意見がありました。倍速で見て面白くないところはスキップできるから、なんて教員にははっきり言えないでしょうが、要点さえきちんとわかればそれもいいのかなとも思います。さらに、Webexを用いたリアルタイム授業では、チャット機能を用いれば対面の時より質問しやすい、という声も多くありました。また、ゼミなどのディスカッションの授業でも、対面だと緊張してしまうから、むしろ顔が見えない方が意見を言いやすいというケースもありました。これらのメリットは、デメリットと表裏一体のものもありそうですが、少なくとも遠隔授業で培った経験は今後も生かしたいと考えています。

 昨年度のこの時期はまさに暗中模索といった感じで遠隔授業を始めたのを覚えています。そんな時に、フェイスブック上で「新型コロナのインパクトを受け、大学教員は何をすべきか、何をしたいかについて知恵と情報を共有するグループ」というものが立ち上げられ、全国の大学教員が色々な授業のアイデアを紹介していることを知りました。声のよく通るマイクや、OBS Studioという配信ソフト、ハイフレックス授業の方法など、このグループから学んだものは少なくありません。その中で特に面白いなと思って授業でも採用しているものを一つ紹介しますが、それは「パパパコメント」というものです。これは基本的に講義出席者のコメントをリアルタイムで「ニコニコ動画」風にスライドに映し出せるソフトです。(詳しい内容は私が真似した先生の以下のインタビュー記事で読めます。URL: https://www.highedu.kyoto-u.ac.jp/connect/topics/mizuhara01.php)正直、コメントが荒れたり逆に反応が全くなくて淋しかったりと必ずしもよいことばかりではないのですが、よい質問や気のきいたコメントがあって話を膨らませられることもあり、少しでも双方向的にお互い楽しめたらと思い対面授業でも使ってみています。 

パパパコメントの使用風景

 このように普段の福大の授業でも遠隔の要素を取り入れることのメリットは大きいと思っているのですが、私が最も遠隔授業の可能性を感じるのは大学の垣根を超えた教育のあり方です。様々な規制や単位などの実用上の問題は多々ありますが、場所と時間を選ばない遠隔授業では、インターネット環境さえあれば世界中の誰にでも何かを教えることはできるわけです。私の専門である古代ギリシア哲学を学べる大学は、近年の研究者のポスト削減に伴い、非常に限られてしまっています。興味をもっている(もしくはもつかもしれない)が、学ぶ機会の全くない学生にも授業を届けられる可能性があります。また、大学に通うのが難しい社会人の生涯学習としての需要もかなりの程度あるのではないでしょうか。

 もちろん、各大学の枠組みを超えた遠隔授業がもたらしうる様々な弊害も容易に思いつきます。一部の人気講師に受講が集中し、さらなるポストの削減が進み、教育や研究の多様性が失われることにもなるかもしれません。また、対面授業や少人数クラスの臨場感が失われ、互いのモチベーションの低下につながる可能性もあります。さらに、実際に動画を作成してみて有名YouTuberたちの労力や凄さを実感した訳ですが、研究時間を大幅に削ることなしにより多くの人に視聴してもらえるようなクオリティの高い動画を作るのは不可能でしょう。

 今後の大学教育のあり方は、今回のコロナ危機を経て、大きく変わっていくことになるのかもしれません。YouTube上には、若手教員による遠隔授業の是非や将来についての座談会の動画があり、興味深い議論が色々と繰り広げられています。(URL: https://www.youtube.com/watch?v=ox9VrqNnrBQ)私自身も、個人の範囲でできることを考えながら、遠隔授業も活用して新たな面白いことにチャレンジできたらと思っています。


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