「教員記事」をお届けします。今回の寄稿者は、文化人類学の中村亮先生です。
私も昔から妖怪に興味があった。今の息子と同じくらいの歳に河童を見たことがあるからだ(正確には池から勢いよく出てきた何かに驚き、すぐに逃げ出したのでその姿は見ていないが…)。そこで、より専門的な『日本妖怪大全』(水木しげる、2014年)を息子に買い与えたところ、妖怪好きに拍車がかかり、暇さえあればページをめくっている(図1)。4歳児には難しい漢字があるので読み聞かせるうちに、私もあらためて妖怪の面白さに魅せられてしまった。
図1.一反木綿の手ぬぐいを頭に巻いて妖怪勉強中の息子 |
日本の妖怪の多様性は驚きである。『日本妖怪大全』にはなんと750以上もの妖怪が、イラストとともに500文字程度で個性豊かに紹介されている。そもそも「妖怪とは何か」について、妖怪研究の大家である小松和彦氏は、「恐怖に結びついた超越的現象・存在、それが妖怪である」(小松2015)としている。日本人が感じてきた多種多様な恐怖が、これほど多様な妖怪を生み出してきたのだ。そして、そのような妖怪たちが「イラスト化」されることで、われわれは妖怪についてある程度共通のイメージをもっている。
例えば「一反木綿」と聞けば、多くの人が、ひらひらと空を飛ぶつり目の白布を思い浮かべるのではなかろうか。これは、水木しげるの「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する一反木綿のイメージである。このように、漫画やアニメというマスメディアが、日本に広く共通する妖怪のイメージを生産してきた。中世後期の『百鬼夜行絵巻』、江戸時代には鳥山石燕の『図画百鬼夜行』もあり、日本では古くから妖怪がイラスト化され流通してきたのだ。とらえがたい妖怪を可視化し、認識可能なものとすることで、見えざる恐怖を克服しようとしてきたのだろう。このことが、日本に多種多様な妖怪が存在し、また、時代に応じて新たな妖怪が誕生してきた要因の一つである。
では、アフリカにはどんな妖怪がいるだろうか? 私はタンザニア南部のイスラーム海村キルワ島で20年ほどフィールドワークをしているが、この島にはどんな妖怪がいたかなと思い返してみた。ぬり壁や座敷童子、ろくろ首といった「これぞ妖怪!」という話は聞いたことがない。しかし、キルワ島の精霊(ジニjini)がそれにちかそうだ。
キルワ島のジニは、アラビア語の「ジンjinn」から派生した言葉である。ジンは7世紀のイスラーム成立以前からアラブ社会で崇拝されてきた霊的存在である(アラジンと魔法のランプに登場する魔人がジンである)。一神教のイスラームでは、ジンへの信仰は異端として傍流におしやられてしまったが、古くからアラブ地域とインド洋交易で結ばれてきたタンザニアを含む東アフリカ沿岸部では、憑依をともなう「ジニ」として今も信仰されている(中村2011)。
『コーラン』には、「煙のない火」から神が創造したのがジンであると書かれている(ちなみに光から天使が、泥から人間が造られた)。したがって、日本の妖怪とは誕生が異なる。しかし、「恐怖に結びついた超越的現象・存在」としてキルワ島のジニを「妖怪的存在」と考えてもよいだろう。ジニの多くは超人的能力をもち、中には人の血を吸いつくして殺してしまう凶暴なものもいるからだ。
ジニも多様である。キルワ島で私は22種類のジニを確認したが、未確認のものもたくさんいるはずだ。年々新しいジニも登場している。このようなジニは大きく、海に住むムスリムで人型霊の「海のジニ」、山や内陸部に住む動物霊・部族霊の「山のジニ」、そしてそれらの子供である「混血のジニ」の三つに分類できる(図2)。各々が名前をもち、好きな音楽や色、服装、匂い、供物なども異なっている。ジニは、個性豊かな霊的存在としては日本の妖怪とよく似ているが、「不可視」である点が大きく異なる。日本の妖怪のようにイラスト化されることもない。もしも鳥山石燕や水木しげるのような人がキルワ島にいて、個性豊かなジニがイラスト化されれば面白いのだが、偶像崇拝を禁じるイスラーム社会ではそれは難しいだろう。
図2.キルワ島のジニの分類 |
そんな中、例外として目に見えるジニがいる。それは「キブウェンゴkibwengo」と呼ばれる海のジニである(図3)。夜の海やマングローブ周辺でキブウェンゴの目撃例は多い(図4)。人びとはキブウェンゴを、具体的な特徴とともに語ってくれた。その特徴を、話に出てくる頻度の高い順にあげると:
①ケラケラとよく笑う
②手足が細長く、座ると膝頭が耳より高い位置になる
③指がヤットコのように二本しかなく、その指で巻貝を割って食べる
④目が大きい
⑤皮膚はしわくちゃ
⑥右足一本のこともある
⑦背中に袋があり、中に秘薬や財宝が入っている
図3.複数の証言をもとに再現したキブウェンゴ(2004年の調査ノートより) |
図4.キブウェンゴ目撃事例の多いキルワ島のマングローブ森 |
これらのうち、①②③が頻繁にあげられる特徴である。キブウェンゴはキルワ島だけの存在ではない。私は、キルワ島を含むタンザニアの沿岸部(タンガ州、ザンジバル島、リンディ州、ムトゥワラ州)とケニア北部のラム島・パテ島にもキブウェンゴがいることを確認した。どの地域でも「キブウェンゴ」といえばたいてい①②③の特徴があげられる。その他に共通するのはキブウェンゴの両義的性格である。いたずら好きなキブウェンゴは、夜に小舟で漁をする漁師を遭難させてしまう悪い側面をもつ一方で、「魚の守り人mchungaji wa samaki」として大漁をもたらす水神的な側面ももつ。
こういったキブウェンゴについては、10年以上前に調査していたので、最近では忘れてしまっていた。しかし、息子のために買った『日本妖怪大全』が、久しぶりにキブウェンゴを思い出すきっかけとなった。「ガラッパ」のページを読んだときである。そこには、「ガラッパというのは、奄美大島とかトカラ列島といった南の島にすむ河童の一種で、体が細くて手足が長く、座ると膝頭が頭より高くなるという足長河童である。」(水木2014: 220)と書かれていた。
なんとガラッパは、キブウェンゴの②とほぼ同じ身体特徴をもつ河童であった。実は私は、キブウェンゴの調査中に、「座ると膝頭が耳より高い位置になる」という説明がどうも解せなかった。そういった体形については想像つく。足が極端に長いということだろう。しかしなぜ、「足が長い」ではなく、多くの人が「座ると膝頭が耳より高い位置になる」と説明するのかが不可解だった。「指が二本しかない」や「背中に袋がある」ではなく、「座ると膝頭が耳より高い位置になる」がキブウェンゴの代名詞のように語られるのである。
ガラッパも同様に、『日本妖怪大全』でも『妖怪ひみつ大百科』でも、「座ると膝頭が頭より高い位置になる」ことが身体特徴の代表としてあげられている。ひょっとしたら私が気づかないだけで、「座ると膝頭が耳(もしくは頭)より高い位置になる」という言説には、現地の文脈において何か大切な意味が隠されているのかもしれない。今後、詳しく調べる必要がある。
それにしても、キブウェンゴとガラッパには、身体的特徴以外にも似ているところが多い。両者はどちらも南の島に住む「妖怪」である。ガラッパも、いたずら好きだが「友達になると魚が良く釣れる」(水木2014: 220)という両義的な性格をもっている。また、キブウェンゴは人に憑依するが、ガラッパも人に憑くことがあるようだ。このような共通点をどのように捉えればよいか? 今はまだ、地理的にも文化的にも遠く離れたタンザニアのキブウェンゴと日本のガラッパの共通点を発見したことを単純に喜んでいるだけだが、将来的には、海辺に住む妖怪的存在の比較研究もあり得るかもしれない。
ふとしたことからキブウェンゴとガラッパの共通点を知ったことで、私の「河童熱」がふたたび盛りあがってきた。それは、子どもの頃に見た(と信じている)河童に、40年ぶりに邂逅したかのようである。河童との浅からぬ縁を感じつつ、次回のキルワ島訪問では、「アフリカの河童」ともいえるキブウェンゴについてじっくりと話を聞いてみたいと思う。
注 本記事は『フィールドで出会う風と人と土6』(田中樹・宮嵜英寿・石本雄大偏2020、摂南大学)の文章を加筆修正したものです。
参考文献
小松和彦2015『妖怪学新考』講談社学術文庫.
中村亮2011「スワヒリ海村社会のジニ信仰:キルワ島の場合」嶋田義仁編『シャーマニズムの諸相』勉誠出版.
村上健司2015『妖怪ひみつ大百科』永岡書店.
水木しげる2014『決定版 日本妖怪大全』講談社文庫.
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