2015年7月24日金曜日

ボクシング放送と殺人事件の多発(大上渉先生)

「教員記事」をお届けします。本年度第五回は心理学の大上渉先生です。




ボクシング放送と殺人事件の多発

 文化学科で心理学を担当している大上です。少し前,5月の話になりますが,「世紀の一戦」と呼ばれるボクシングのタイトルマッチが行われました。フロイド・メイウェザーVSマニー・パッキャオの対決です。私も放送開始直後から我が家のテレビ前を陣取りました(前座試合が行われることを知らなかったので,数時間観戦する羽目になってしまいました)。この勝負は,テクニカルなファイトスタイルのメイウェザーによる判定勝ちで決着がつきました。

 米国においても,ボクシング人気は低迷しているようですが,日本と比べるとその人気はまだまだ高いようです。メイウェザーとパッキャオのファイトマネーは,二人合わせて300億円を超えたと言われていますし,またリングサイド席は即座に完売し,プラチナ・チケットとなり,4千万円で転売されたとの報道もありました(当日会場には、元プロ・テニスプレイヤーのアガシ・グラフ夫妻や俳優のデンゼル・ワシントンの姿も見えました)。

 さて,このボクシングですが,実は殺人事件の発生数に影響を及ぼすことが知られています。フィリップス(Phillips, 1983)は,1973年から1978年までの間に開催されたボクシング試合(ヘビー級タイトルマッチのみ)とその前後における殺人事件の発生件数を調べました。その結果,試合が終了した3日後に殺人事件が急増することを示しました(下図参照)。同時にその試合がイブニング・ニュースで取り上げられると,その影響力が高くなることも明らかにしています。

 この『3日後ピーク(Third-day peak)』現象ですが,他にも報告されています。例えば,無理心中事件がマスコミに大きく取り上げられると(新聞一面のトップ記事やABC・CBS・NBCなどのイブニング・ニュースで取り上げられると),その3日後に航空機墜落事故(旅客機を除く)が多発するという報告(Phillips, 1980)や,イスラエルでは国内でテロ事件が発生すると,その3日後に交通死亡事故が増加する(Stecklov & Goldstein,2004)といった報告です。

 いずれの現象の背景にも,マス・メディアによる報道が我々の感情や攻撃性に影響を及ぼしたり,また報道内容がある種の「教材」となり,我々がその内容を見て学習あるいは模倣してしまうことなどが想定されています。しかしながら,3日後に殺人や事故が増加する理由については,いくつかの仮説が示されるに留まり,詳しいことは分かっていません。

 ところで,メイウェザーとパッキャオの対戦によって,米国では殺人事件の発生数は増えたのでしょうか。世界中のマスコミが大きく取り上げたのは確かなのですが,試合内容についてはメイウェザーが主導権を握る地味な試合展開でしたから,ひょっとすると我々の攻撃性や模倣への影響は限定的だったのかもしれませんね。

引用文献
Phillips, D. P. (1983). The impact of mass media violence on US homicides. American Sociological Review, 560-568.
Phillips, D. P. (1980). Airplane accidents, murder, and the mass media: Towards a theory of imitation and suggestion. Social Forces, 58(4), 1001-1024.
Stecklov, G., & Goldstein, J. R. (2004). Terror attacks influence driving behavior in Israel. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 101(40), 14551-14556.

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