2016年10月4日火曜日

注意の仕組み(佐藤基治先生)

「教員記事」をお届けします。2016年9回目は心理学の佐藤基治先生です。



注意の仕組み    
     佐藤基治(心理学


 大学で心理学の教員をやっていると、いろいろなところから講演の依頼があります。私は「心理学」が専門で、その中でも「交通」を研究のテーマのひとつにしているので、事故や安全に関連した話を依頼されます

 各都道府県には交通安全協会というものがあります。運転免許の交付や更新の時に、最近の事故の傾向に関する講習を受けますが、その講習を実施しているのが交通安全協会です。また、5台以上の自動車を業務に使用している事業所は「安全運転管理者」という担当者を選任し、管理者は年に一度「安全運転管理者講習」を受けることが義務づけられており、協会はその講習も実施しています。

 この講習で90分ほどの講演を私がおこなうのですが、その内容の一部を文字にしてみました。就職して職場の「安全運転管理者」となり、「講習」を受けに行ったと想像しながら読んでください。なお、授業ではないので、一部、あいまいな部分がありますが、大学生の皆さんは、疑問を感じたら自分で調べ直して下さい。



『注意の仕組み—交通事故防止のために』

1. はじめに

こんにちは、福岡大学の佐藤です。大学では心理学を教えています。心理学を教えているというと「じゃぁ、私の心の中はお見通しですか?」と問い返されますが、残念ながら、あなたの「こころ」はわかりません。同様に「わたし自身のこころ」もわかりません。では何を教えているかというと、右の図の「水平方向の線分は本当にまっすぐだろうか?」左下の図(1)の「どのスイカが大きいだろうか?」とか図(2)の「どのカップヌードルが大きいだろう?」といった問題を考えています。この話はまたいつかどこかでします。


交通事故による死者数は1年間におよそ4千人です。1970年には年間16,765人でしたから、ずいぶんと改善されましたが、それでも、毎年4千人の方が命を落とされるのは大変なことです。また、近年の特徴として、高齢者の交通事故死者数が増加し、2014年には2,193人の高齢者が交通事故でなくなっています。天寿を全うしようとする時期にいきなり激痛とともに、終末を迎えさせられるというのはどう考えても納得できないと思います。

 今日は自動車の運転場面を念頭に、「注意」に関する心理学の知識を紹介します。これが、交通事故を1件でも減らす手助けになればと考えています。


2.注意とはなにか

 「注意がどのようなものかは誰もが知っている」(James,1890)。今から100年以上も前の有名な心理学者の言葉です。ところが、長い月日が過ぎた現代でも注意研究は盛んにおこなわれています。つまり、100年を経てもいまだに「注意」は十分に明確にはされていないということです。例えば、「手を挙げてください」といえばだれもが同じように行動しますが、「注意してください」といった時には隣の人と同じことをしているとは限りません。

 それでも、「注意」に関してある程度の共通認識はあります。「注意」とは「気を付けること、用心すること」と辞書にはあります。心理学の辞書には「処理すべき情報を選択し、それ以外のものを制御する心的機能」、「情報の存在に気づく、情報を選択する、情報の一側面に集中する」とあります。

 私たちの周囲には情報があふれており、目や耳などを通して絶えず取り入れています。ところが、情報を全部取り込んでいたら対処できません。むしろ余計なことを無視した方がうまくやれます。そこで、必要な情報と、その余計な情報を見極めるのが注意ではないかと考えられています。これでも不十分な定義かもしれませんが、とりあえずはこう考えながら「注意」を考えてみます。


3.「注意」を向ける能力の限界

 どんなふうに「注意」は働いているのでしょうか。例えば、目で物を見る能力、つまり、視力を考えてみます。「視力」というと「目の構造、あるいは能力」を思い浮かべると思いますが、実は、「脳」の能力も関係しています。
注意を向ける能力の限界(1)

 右の図で中央の「+」を見つめたままで、右側の線の数を数えてください。次に左側の線を数えてください。右側の線の数を数えることは可能であるのに、左側では数えられません。これは、一般に視力と考えられているものは、「網膜上の解像度」だけではなく、「脳がモノのどのくらい細かい部分にまで注意を向けられるかに依存している」ことを示しています。

注意を向ける能力の限界(2)
同様に右の図で中心の「+」を見つめたままで周辺の「●」に「注意
」してください。外側の「●」に「注意」を向けることは難しいです。離れたところに注意を持っていくことが困難を伴うことを実感できましたか。因みに上半分の点の数は、下半分より少なくなっています。実は視野の中の下の方が注意を向ける能力がわずかに優れていることが明らかにされています。空には注意すべきものはそう多くはないが、地上には多いのかもしれません。自動車のメータ類が下の方にあるのはこのような「注意」の特性が理由でもあります。


4.物体の追跡

 「注意」の特性の一つに持続性があります。注意は瞬間的なものと思いがちですが、実際にはある時間の間、注意を継続させる必要がある場合が多いように思われます。運転の場面では、例えば、「先行する自動車を追視する」、「自転車や歩行者の動きを捉える」などがあります。歩行者や対向車を一瞥して、注意の仕事が完了するわけではありません。衝突を避ける方に対象が動いているのか、このままでは衝突するのか、自分の動きと対象の動きから次の行動を決定する必要があります。 

 上の図の中の8つの青く丸い図形のうち、4つが数回点滅します。その後すべての「〇」がいろいろな方向に動きます。目を動かさずに、点滅した4つの「〇」を追いかけてください(※ここでは動きません)。意外に簡単です。左の図上では図形の中に白い3本の柱を挿入しました。この柱の後ろ側を「〇」が通過するときには、見えなくなります。先ほどと同じことをします(※ここでは動きません)。ちょっと難しくはなりますが、まだ大丈夫です。最後に、左の図下では柱を背景と区別できなくし、同じことをします。つまり、ランダムに動く「〇」が突然消失したり、出現したりします(※ここでは動きません)。追跡はほぼ不可能になります。

 これらの状況で使われている何かを「注意」と考えると、「注意」を向けないとこれらの課題を遂行できないこと、対象の数が増加すると「注意」が不足しそうなこと、「遮蔽」などで簡単に妨害されるという「注意の脆弱性」があり、さらにそれが状況により異なることなどがあきらかになってきます。「運転中にメールをしていると事故を起こす」、「たくさんの自動車や歩行者がいると疲れる」、「Aピラーで歩行者を見失う」などといった現実の交通場面への適用は皆さんにお任せします。

 このほかにも「運動誘発盲」「注意の瞬き」「変化の見落とし」「不注意による見落とし」など、自動車の運転と関連した興味深い現象がいくつかあるのですが、それはまた別の機会に紹介いたします。


5.まとめ

 「注意」という能力は未だに十分に解明されていないこと、情報を選択する素晴らしい能力であること、しかしながらいくつもの「弱点」を持つものだということを説明しました。

 今日の話の背景にある自動車の運転時は人間にとって特殊な状況です。世界で最も速く走れる人は、100メートル約10秒、時速約36㎞です。その運動能力にふさわしい「注意」の能力しか持っていない私たちが、時速50キロで走るものを運転しているのですから、「注意」の能力を超えた無理な運動をしており、これが事故の原因の一つだと考えられています。研究者、行政機関、安全運転管理者の皆さんのなすべきことは、「注意」の仕組みを明確にし、その限界を広くアナウンスし、個々の運転者に注意の特性を実感する機会を設けることだということになります。

最後に宿題です。
ア)走行速度が大きくなると危険である理由を「注意」の文脈で考えてください。
イ)わき見運転や、酒気帯び運転が禁止されている理由を「注意」の文脈で考えてください。



□佐藤先生のブログ記事

□佐藤先生の授業紹介

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