2017年9月24日日曜日

文化学科で教師を目指そう(LC16台 白山愛永さん)

 今年度第8回目の学生記事をお届けします。教師を目指す文化学科2年生の白山愛永さんが文化学科における教職課程の履修について紹介してくれました。


文化学科で教師を目指そう
LC16台 白山愛永

 人文学部文化学科に所属している2年の白山です。私は高校の時から教師になりたいと考えていました。私が教師になろうと思った理由は、中学3年生の時の担任の先生への憧れです。先生の授業は丁寧で分かりやすく、生徒一人一人をしっかり見て、進路指導でも様々な進路を提案してくださいました。その先生の影響で、私も担任のクラスだけでなく、学年全体を見られるような教師になりたいと思いました。そこで、文化学科に入学後に、教職課程を履修しました。

 福岡大学では主に中学校教諭、高等学校教諭、養護教諭免許状の免許を取得することが出来ます。私はその中でも中学教諭、高等学校教諭の免許状を取得しようとしています。文化学科では中学社会と高等学校地理歴史・公民の教諭になることが出来ます。

1年次  4月 教職課程ガイダンス・履修開始
教職課程受講料を納入
2年次  1月 介護等体験申し込み(中学のみ)
3年次  6月
 6月以降
教育実習申込み
介護等体験(中学のみ)
4年次  5月以降
 9月
 3月
教育実習
教員免許状申請
卒業・教員免許状取得

 文化学科で教職を履修することの利点は、ほかの学科と違い、様々な分野から様々な知識を得られることです。文化学科には心理学や社会学・美術史・哲学・宗教学・文化人類学・民俗学・地理学といった分野に分かれており、3年次には専攻するゼミを決めて追及していきます。一つの意見や見方に捉われることがなくその各分野ごとの考え方があり、学んでいてとても面白いです。教師になる上で社会科関連の勉強をだけをしていけばいいかというとそうでもないですし、歴史を学ぶ上で、ただ単にその時代の背景を教科書や本で知るだけでなく、宗教から歴史を知ることもあれば美術から学ぶこともあります。この学科では自分の目の前にあるどんな分野においても、自分から何かを学びを得ようとする力を身に着けることができると思います。

 教職課程では各分野で以下の必要な単位数を取得しなければなりません。
①教育職員免許法施行規則第66条の6に定める科目
②教職に関する科目
③教職又は教職に関する科目
④教科に関する科目

 ①では例えば日本国憲法や体育、外国語コミュニケーション、情報機器操作などの学部においても教師になるにあたって必ず必要な科目です。②では1年次では教育概論や教育言論教育心理学など教育に携わっていく中で必要な科目を学びます。③では教育福祉論や教育行政学など様々な分野の教育について学びます。また、今後道徳が教科として取り入れられていこうとしている中で道徳教育論は必修科目となっています。④では各免許を取得しようとしている教科専門の科目です。例えば社会の先生になりたいなら、一般教養科目である外国史通論や日本史通論、専門教育科目である人文地理学や地誌学は必修科目になります。学年ごとにとれる科目が決まっていますから、1年の時から全部履修できるわけではありません。このように必要となる単位は自分の卒業単位とは関係なく履修するものが多いですが、少しでも教育関係に興味がある方は是非取るべきだと思います。1年次から計画的に履修していけば自分のペースでゆっくり前に進んでいくこともできます。

 また私はボランティアサークルに所属しています。サークルの活動では子供たちとかかわることが多く、長期休みに子供たちに勉強を教えることもあります。このような活動の中で子供たちや親御さん、その施設の利用者さんから学ぶことは多くあり、刺激を受けています。この経験が将来の自分の糧になればいいなと思っています。


 文化学科は新しい自分を発見できる機会が多くある学科だと思っています。一つの学びだけでなく様々なことに目を向け、挑戦していきたいと思う方は是非文化学科を選んでみませんか?

2017年9月19日火曜日

卒業論文相談会開催のお知らせ(再掲)

卒業論文相談会開催のお知らせ(再掲)
(LC15台/3年生対象)

10月上旬の「卒業論文指導願」提出に向けて、3年生を対象に卒業論文相談会を開催します。

 会場には文化学科の全教員が集合。その場で個々の教員に、卒業論文について個別に相談することができます。卒業論文を書くかどうか迷っている人も、ぜひ参加してみて下さい。

◆日時 2017年9月29日(金)16:30-18:00
◆場所 文系センター棟15階 第5会議室

 当日は『2017年度版 福岡大学人文学部文化学科 教員紹介』を持参して下さい。

 なお、この相談会に参加しなくても、卒業論文の指導を受けることは可能です。
 卒業論文を書くために必要な手続きについては、『2017年度版 福岡大学人文学部文化学科 教員紹介』の25-31頁「卒業論文を書くために――卒業論文をめぐるQ&A」を参照して下さい。
 卒業論文関連の最近のブログ記事は下記の通り。

平成28年度 卒業論文相談会が開催されました
平成28年度 卒業論文発表会が行われました
卒業論文発表会に参加して
卒業論文執筆を終えて(LC13台 植田舞香さん)
平成28年度提出の卒業論文題目一覧

何か不明な点があれば、教務連絡委員の小笠原か本多まで。

教務・入試連絡委員 小笠原史樹・本多康生
卒業論文指導願
【提出先:人文学部事務室、提出期間:10月2日(月)~13日(金)】

2017年9月16日土曜日

早良区近辺の神社巡り(岸根敏幸先生)

 平成29年度第9回目の「教員記事」をお届けします。宗教学の岸根敏幸先生です。今回は、「早良区近辺の神社巡り」と題して、ご自身の住んでおられる早良区近辺の神社について解説つきで紹介していただきました。



早良区近辺の神社巡り

   
     岸根敏幸(宗教学

 これと言った趣味はほとんどないのですが(本当は色々とあるものの、人前で自信をもって披露できないということもあります)、唯一挙げられるものは、日本の神様を祭る神社を巡るということでしょうか。

 神社巡りと言えば、だれもが知っている神社――たとえば伊勢神宮、出雲大社、住吉大社、厳島神社など、九州だったら、宗像大社、宇佐神宮、太宰府天満宮、霧島神宮などといった神社――を思い起こすでしょう。このように有名な神社は、その名声にふさわしく、どれも見応えのあるすばらしい神社でして、日本の宗教的伝統の真髄に触れることができるということで、そういう神社を巡るというのはとても有意義なことなのですが、それとは別に、各地域で細々と営まれている神社を巡り、その地域の、いわば宗教的な息吹のようなものを感じとるというのも、大切なことのように思います。

 今から5年ほど前でしょうか、文化学科の卒業生や在学生と連れ立って、城南区にある神社を巡ったことがあります。城南区には神社がそれほどないので、その気になれば、1日で巡ることができます。なかには海神社(城南区東油山)のように、油山に入って奥まったところにある神社もありますが、総じて言えば、それほど苦労しないで巡ることができるでしょう(もちろん、かなり歩きますが)。日本で一番多い神社は稲荷神社で、八幡宮はその次に位置すると言われていますが、城南区に限って言えば、圧倒的に八幡神社の方が多かったです。稲荷神社が多いのは、博多区や中央区のように商業が盛んなところ、それと海に近いところですね。

 それからも時々福岡周辺の神社を巡っていましたが、去年から散歩も兼ねて、私の住んでいる早良区近辺の神社を巡るようになりました。ただ、早良区というのは南北に大きく広がった地域で、北には百道、西新など、海に近く、賑やかな街もありますが、遥か南に行けば、バスも通っておらず、鬱蒼とした山々が連なっていて、それを越えれば、もう佐賀県になってしまうという場所もあります。城南区と違って、神社の数もかなり多いです。一般に、神社は都会よりも山地や田畑が広がる地域に多いものです。早良区内の神社をすべて巡るのは容易なことではありませんが、別に期限があるわけではないので、気の向くままに巡ってゆくつもりです。

 ということで、早良区近辺でこれまでに巡った神社の一部について、多少の解説を付けて、紹介したいと思います。


 まずは梅林八幡宮です(写真1)。一見、古墳を思わせるような(実際、その近くには梅林古墳という前方後円墳の古墳があります)盛り上がった台地に境内があります。この神社には何度か訪れましたが、境内で人を見かけたことはなく、非常に静寂な場所です。
 梅林八幡宮 (写真1)

 つぎは野芥の櫛田神社です(写真2)。櫛田神社と言えば、山笠で有名な博多の櫛田神社を思い起こしますが、他にも城南区荒江に櫛田神社があります。野芥の櫛田神社の御由緒を見ますと、創建は景行天皇(倭建命のお父上)の時代にまで遡るとされています。博多の櫛田神社は奈良時代後期の創建と伝えられているので、それより約4百年ほど古いということになるわけですが、本当のところはどうでしょうか。それほど広くはありませんが、落ち着いた雰囲気の境内です。その境内に「社日社」への案内板があり、それが気になって山を少し登ると、小さな祠のようなものがありました。この「社日社」というのは、最初の「社」がその土地の産地神(うぶすながみ)を意味し、「社日」で、その神を祭る春と秋の日が表されており、要するに五穀豊穣を願った産地神を祭る社のようです(早良区重留に祭神が不明の社日宮という神社があるようです。また後述する地禄天神社の摂社に社日社があり、そこでは、食物神で日本書紀神話にも登場する保食(うけもち)神が祭られています)。
櫛田神社 (写真2)

 その後、さらに南に向かい、国道263号をずっと下ってゆきたいという衝動に駆られますが、自宅からかなり遠くなってしまうので、そちらにはまだ足が向いていません。地元の神社巡りは今のところ、自分の足で行ける徒歩圏内を考えていますので、あまり遠出はできないのです。ということで、北西に移動すると、地禄天神社という神社があります(写真3)。街道に沿った細長い形の境内になっていて、輪越祭(茅の輪くぐりのこと)など、年間を通じて様々な祭礼がおこなわれます。特に8月15日におこなわれる綱引きと盆押し(肩車をして押し合う)は熱気のある行事だそうです。まさに地域と共にある神社と言えるでしょう。
地禄天神社 (写真3)

 そこからさらに北に向かってゆくと、賀茂神社があります(写真4)。賀茂神社と言えば、京都の葵祭で有名ですね。福岡の賀茂神社はナマズと密接に関わっていて、享保の大飢饉のときに、飢饉が収まるようにと氏子が祈願したところ、夢枕にナマズが出てきて、ナマズを殺すなというお告げがあったと言われています。賀茂神社のすぐ前に金屑川という川がありますが、その川の主であるナマズが賀茂神社のご神体だったということなのです。毎年9月15日には千個の明かりを灯して、無病息災を祈る千灯明という行事がおこなわれますが、元々は飢饉の犠牲者を弔うためにおこなわれたと言われており、仏教でおこなわれてきた万灯会(まんどうえ)に近いものと言えるかも知れません。
賀茂神社 (写真4)

 そのあと、北東に向かえば、やがて自宅に帰り着けることになりますが、余力があれば、西に向かうこともあります。福岡外環状道路に沿ってしばらく西に進み、そのあと南に少し行くと埴安神社があります(写真5)。埴安神を祭っているので埴安神社なのです。埴は土のことで、本居宣長翁は「はにねやす」(「ねやす」は泥状のものを作ること)が縮まって「はにやす」になったと説明しています。埴安神は古事記神話では「ハニヤスビコ」「ハニヤスビメ」という男女一対の神、日本書紀神話では「ハニヤマヒメ」という女神、または、「ハニヤス」という神に該当します。この神は早良区、城南区、南区にまたがる地域において複数の神社で祭られており(前述の地禄天神社の祭神も埴安神です。近代になって整理統合されたものと思われますが、城南区七隈の菊池神社や南区桧原の五社神社でも祭られています。なお、「地禄」はおそらく音声的な類似性から「十六」とも表記され、福岡県内に「地禄天神社」「十六天神社」という神社がいくつか存在しています)、その地域一帯の産土神なのではないかと前から気になっているところです。元々、土の神なので、それは十分ありうることなのですが、その実態について今後、詳しく調べてみたいと思っています。
埴安神社 (写真5)

 そして、さらに西に向かい、室見川を横切って、すぐ北に見えるのが橋本八幡宮です(写真6)。後に福岡藩三代目の藩主となる黒田光之は、生母との関係で橋本に地縁があり、そこにあった八幡宮を移築したのが、福岡藩の守護神として篤く崇敬された紅葉八幡宮です。橋本にあった八幡宮は後に再建されることになります。木々に囲まれた橋本八幡宮の境内はとても清々しいです。神社を巡るたびに思うことですが、こういう何か特別なものを感じさせる場所(科学的にどう説明したらいいのか分かりませんが、川の近くにあり、植物に覆われていることで、普通とは違う空気に包まれ、それが人間の心情に何らかの影響を与えるということも考えられるでしょうか)に神社などが建てられるわけですね。神社の裏手には阿弥陀三尊(中央に阿弥陀仏、左に観音菩薩、右に勢至菩薩を配する形)の名を刻した石碑と祠があります。神仏習合の名残でしょうが、今でも神社の境内に堂々と阿弥陀三尊が祭られているというのは興味深いです。なお、橋本八幡宮は早良区ではなく、西区にあります。室見川を渡ると西区になります。
橋本八幡宮 (写真6)

 そこから室見川に沿って、ずっと北上すると国道202号に接します。地図で見ると、その途中に若八幡宮があるようですが、訪ねたときには見つけられませんでした。その国道202号を東に少し進むと、小田部という所に宝満宮があります(写真7)。宝満宮と言えば、霊峰の宝満山(竈門山)にあり、かつてあった大宰府政庁の鬼門除けで知られる竈門神社がすぐ思い起こされます。玉依姫を主祭神にしていて、縁結びの神として有名です。小田部の宝満宮もそれに由来する神社なのでしょう。通常、玉依姫は神武天皇となった神倭伊波礼毘古命の母上のことを指しますが、そのような固有名詞としての用法だけでなく、霊的なものが依り憑く巫女の神格化を指す用法があるという指摘もあります(柳田国男「玉依姫考」)。福岡近辺にはこの宝満宮がかなり存在して(小田部からすぐ近くの有田にもあります)、太宰府市、福岡市とその近辺に広がっていたと思われる玉依姫信仰というものを伺い知ることができます(玉依姫は筥崎宮でも祭られています。おそらくは、筥崎宮に遷座する以前に、本来の祭神であった比咩大神を、福岡で信仰されている玉依姫に差し替えていたのでしょう)。
宝満宮 (写真7)

 そのあとも自宅に着くまでにいくつか神社がありますが、ここでは省略します。なお、今まで説明してきたコースは、私が思い描いているコースのなかの一つにすぎず、それ以外にもいくつかのコースとそのコース上に神社が存在しています。全部は紹介しきれないので、これぐらいにしておきましょう。

 他にも、前述のように、福岡藩から崇敬され、大正時代に現在の場所に移った、とても大きな境内をもつ紅葉八幡宮や、福岡市内のローカルな信仰だと思いますが、素焼きの猿のお面でよく知られている猿田彦神社など、早良区には興味深い神社がたくさんあります。そして、早良区の南の地域には、まだ巡ったことのないたくさんの神社が私をお待ちくださっているのです(随分、不遜な言い方をしてしまいましたが)。

 早良区近辺に限ってもこれほど多くの神社が存在しているのですが、日本全国を見渡せば、至るところに、正確な数も分からないほど、様々な神を祭っている神社が存在しているわけでして、日本の隅々まで、そのような神社が覆い尽くしていると言っても過言ではないでしょう。そして、人々が住む集落の一画に、あの特有の形をした鳥居(その鳥居の形にも実は様々な種類があります)のある神社が存在するという、どこにでもある光景なのですが、私たちに何とも言えない安堵感をもたらしてくれているように思います。それが神と共に生きる生活ということなのでしょう。このような日本の宗教文化をこれからも大切にしてゆきたいものです。


□岸根先生のブログ記事

2017年9月14日木曜日

LC哲学カフェ開催のお知らせ

夏休みが終わり、今日から後期の授業がスタート。お休みしていた哲学カフェも再開します。

今年度後期、第一回目の詳細は下記の通り。

 【マンガde哲学】
 なぜこのマンガは怖いのか?――ホラーを哲学する

 日時 9月27日(水)16:30-18:00
 場所 A707教室

今回はマンガを扱いますが、今までのように一つの作品だけを扱うのではなく、「怖い」をキーワードに様々な作品を扱ってみる予定。

参加者は各自、「自分はこのマンガ、この場面が怖いと思う」という作品をピックアップして、哲学カフェの当日、できるだけ教室に持参して下さい。あるいは現物なしに、その場で「こんなマンガが怖い、こんな場面が怖い」と話してもらっても構いません。それらの作品を素材に、なぜそれが怖い/怖くないのか、そもそも「怖い」とはどのようなことなのか、等々、皆で考えてみたいと思います。

一応マンガをメインとしますが、怖い小説や映画、怖い絵画や音楽などでも可。試しに探してみると、いくらでも素材は見つかるはず。

もちろん、作品を用意せずに参加するのも歓迎。発言を強制されることはありませんし、途中入室、途中退室も自由です。ぜひ一度、気軽にのぞいてみて下さい。

2017年9月5日火曜日

時間地理学・生活時間・生活空間(鴨川武文先生)

 平成29年度第8回目の「教員記事」をお届けします。地理学の鴨川武文先生です。今回は、8月に開催された福岡大学オープンキャンパス2017において、模擬講義としてお話しいただいた「時間地理学で考える生活時間と生活空間」の内容を一部加筆修正してご紹介いただきました。本文中の写真は模擬講義の際のものです。



時間地理学・生活時間・生活空間

   
     鴨川武文(地理学

 教員記事として以前にも書きましたが、私の専門は地理学の中でも、人文現象を研究対象とする人文地理学です。人文地理学は、工業地理学・農業地理学・人口地理学・都市地理学・村落地理学・文化地理学など多岐にわたっていますが、今回の教員記事では時間地理学を紹介します。

 時間地理学は、1970年代初頭に、地理学の一分野として提唱されましたが、時間を研究対象とするのではありません。時間は1日24時間、誰にでも等しく与えられていますが、時間の使い方は個々人で全く異なっています。個々人の時間の使い方がどのようになっているのか、時間の使い方が結果としてどのような空間行動をもたらしているのか、さらには現代社会の一面を考える契機となるのではないか、これらが時間地理学の目的とするところ、本質であると思います。より具体的に記すとすれば次のようになるでしょう。すなわち、時間地理学は個々人の空間行動を表現し、解釈するための地理学の一分野として位置付けられ、また、個々人の行動であれば、通勤・通学や買物、アルバイト、余暇といった行動を断片的ではなく、一連の生活の中で一括して捉えることを可能にし、さらに、土地利用や施設配置、交通ネットワークなどより多くの人々が利用する対象に対して、個々人の行動を通して総合的に捉えることを可能とする。つまり、時間地理学は個々人が空間の中でどのような時間で軌跡を描いているかを、その人を取り巻く諸条件から合理的に解釈しようとする地理学の一分野であるといえるでしょう。

 それでは身近な行動を事例として考えてみましょう。1日の行動を振り返ってみると、全くの自由意思による行動は意外と少ないのではないかと思います。つまり、私たちの行動はかなり日常化されています。たとえば、大学生や高校生の皆さんは、毎日、同じルートで通学していますね。そのルートは、徒歩や自転車の場合には最短のコース、交通機関を利用する場合には最も安価なルートが選択されると思います。これら以外のルートが選択されることはめったにありません。あるとすれば、本屋に行くであるとか、友達と学校帰りに出かけるとか、何か特別な理由があるときです。通学は授業が始まる時間であるとか、交通機関の時刻であるとか、いわば自分を取り巻く社会的ルールに影響を受けた日常であるということができます。

 別の事例を考えてみましょう。

 高校生のA君とB君は小学校以来の大の仲良しです。同じ高校に通学していますが、A君は体育系のクラブに、B君は文科系のクラブに入部しています。夏休みの部活終了後に喫茶店に出かけてミルクセーキを食べる約束をしました。B君の部活動は時間通りに終わりましたが、A君の部活動はなかなか終わりません。B君は喫茶店でミルクセーキを食べた後にアルバイトをすることになっていて、A君の部活動が早く終わることを期待しています。早く終わらないと楽しみにしていたミルクセーキを食べることができない、アルバイトの時間に間に合わない、すなわちB君のこれからの行動はA君の状況次第ということになります。
 
 2つの事例から、私たちの行動は、様々な制約の中で、また、第三者との行動と密接に結びついたものとして理解することができます。

 ここで、NHK放送文化研究所による「国民生活時間調査」のアンケート用紙を利用して福岡大学の学生の1日の生活時間を紹介しましょう。

 7月のある日の男子学生の生活時間です。この日は定期試験期間中でした。午前7時に起床して、身の回りの用事を済ませて、午前7時45分から午前11時まで自宅で試験勉強、その後、昼食を食べて、午後12時30分に自宅を出て大学へ向かいました。午後3時15分に大学から帰宅。その後、音楽を聴き、夕食を済ませて、午後9時30分から午後11時30分まで自宅で勉強をしました。大学でも自宅でも試験勉強に時間を使い、そして空間行動は、自宅と大学との往復だけでした。

 次に、7月のある日の女子学生の生活時間です。この日は定期試験期間中ではありませんでした。午前8時30分に起床して、身の回りの用事を済ませて、午前9時15分に自宅を出て、アルバイト先へ出かけました。午後5時にアルバイトが終わって自宅に戻り、その後は友人とおしゃべりなどを行いました。午後11時45分に就寝しました。この日は時間の多くをアルバイトと友人との交際に使い、そして、空間行動は自宅とアルバイト先との往復でした。この二つの事例では、試験期間中であるということが、また、アルバイトに従事しているということが男子学生・女子学生それぞれの当該日の空間行動を規定しているといえると思います。

 さらに、時間地理学に関する研究事例を紹介しましょう。参照した文献については下部に記しています。具体的には、都市の郊外に住む家族の1日と、保育所への子供の送り迎えと仕事の両立に関する事例です。この家族は夫(父親)・妻(母親)・子供の3人家族です。
ある日の家族の生活時間は次のようになっています。

 夫(父親)は妻(母親)と子供を車に乗せて保育園に向かいます。子供を保育園に預けて、夫(父親)は妻(母親)を駅まで送ります。妻(母親)は駅から列車に乗り、職場の最寄り駅まで向かいます。夫(父親)は駅から職場まで車で向かい、この日は午前8時15分から午後10時30分まで仕事をして、午後11時前に帰宅しました。一方、妻(母親)は午前8時30分から午後6時まで仕事をして、その後、駅から子供を預かってくれている友人宅へ向かい、午後7時に子供とともに友人宅を出て、帰宅しました。また、子供は午前7時45分から午後5時まで保育園にいて、午後5時に妻(母親)の友人が保育園に迎えに来て、友人宅で妻(母親)が迎えに来るまで世話を受けました。

 すなわち、個々の家庭が置かれている状況はもちろんあるのですが、家庭内の社会的役割分担では女性が育児を担うことが多いので、子供を持つ女性が仕事に従事している場合には、一時的に育児を第三者に委託しなければならない状況にあるわけです。この点、事例となっているこの家庭にあっては、保育所はもちろん、妻(母親)の友人の協力が極めて大きいことが理解できます。

 以上からどのようなことが言えるでしょうか?すなわち、個々人の生活が時間という目に見える形であきらかになる。また、統計データだけでは見えていないものが明らかになる。時間地理学の役割は、現代社会における様々な問題を時間という形で可視化し、さらには問題解決の方向性を見極めさせるというところにあると理解しています。


参考文献・統計資料
・高橋伸夫・谷内 達・阿部和俊・佐藤哲夫・杉谷隆編(2008)「改訂新版 ジオグラフィー入門」古今書院
・内閣府「少子化社会白書(現在では少子化社会対策白書)」および「男女共同参画白書」
・NHK放送文化研究所(2016) 「2015年 国民生活時間調査 報告書」



□鴨川先生のブログ記事
大学(人文学部)で学ぶということ-役に立つ学問とは何か-
氷が解けると春になる

2017年8月31日木曜日

平成29年度 卒業論文中間報告書の提出について

平成29年度 卒業論文中間報告書の提出について
(LC14台以上/4年生対象)

卒業論文を提出する予定の4年生は、指導教員と相談の上、下記の期間中に中間報告書を提出して下さい。

 提出期間 9月22日(金)から9月29日(金)16:30まで
 提出場所 文系センター低層棟1階 レポートBOX

中間報告書の分量や形式は、指導教員の指示に従って下さい。

教務・入試連絡委員 小笠原史樹・本多康生

2017年8月28日月曜日

オープンキャンパスの報告(LC15台水落文佳さん、坂田愛希子さん)

 今年度7回目の学生記事をお届けします。文化学科3年生の水落文佳さんと坂田愛希子さんが、8月5日に開催された福岡大学オープン・キャンパス2017について報告してくれました。お2人とも学生スタッフとして前日、前々日の準備、当日も高校生への応対、模擬講義の手伝いと大活躍でした。


オープンキャンパスの報告(1)
LC15台 水落文佳

 こんにちは!文化学科3年の水落文佳です。

 今回は、先日8月5日に行われたオープンキャンパスの様子をお届けしようと思います。私は、1年生の頃から毎年オープンキャンパスのスタッフをさせていただいており、今年で3度目だったのですが、今年は例年に比べ文化学科の個別相談コーナー(A棟615教室)に多くの高校生、また保護者の方に足を運んでもらった気がします。ありがとうございました。
 
 展示のコーナーには、教員紹介のパネルや私たち学生の時間割、シラバス、実際に講義で使用されたレジュメなど様々な物が展示されていました。その一画には私が今年度の前期の講義で使用していたルーズリーフ(授業ノート)も…。私もそうだったのですが、高校生からすると、大学の授業は一体どんなものか想像がつかないと思ったので、少しでも伝わるといいなと思い置かせてもらいました。多くの高校生の方に見てもらえたようで、少々恥ずかしいですが参考になっていたらと思います。

 個別相談コーナーの来場者の方の中には、文化学科の模擬授業を受けた後に足を運ばれ、学生スタッフに「さっきの授業の内容が全然わからなかったんですけど、大丈夫ですかね…?」と不安そうに質問された方もいらっしゃったそうです。安心してください。3年生になった今でもわからないことがたくさんあります。ただ、入学当初さっぱりわからなかったことが、文化学科で学んでいく中で「ああ、あの時わからなかったことはこういうことだったんだ」「あの時先生の話されていたことは、別の分野から考えるとまた違ってくるな」というように少しずつ、少しずつわかっていきます。

 もちろん中には全然わからない、自分に合わないと感じる分野もあると思いますが、文化学科では7つの分野(心理学、宗教学、哲学、社会学、文化人類学、地理学、美術史)が専門的に学べるので、1つの分野が合わなければ別の分野に重きを置くことも不可能ではありません。「いろんなことを学んでみたい」、逆に「自分が何に興味があるのかわからない」という方には、文化学科はうってつけの学科だと思います。

 個別相談コーナーでは、学生スタッフと教員が待機していたのですが、高校生からの「文化学科で学んだことは就職にどうつながりますか?」「文化学科でどんなことが学べますか?」「文化学科は女子の方が多いですか?」など様々な質問に対して、学生・教員のそれぞれの立場から答えることができたのではないかと思います。また、文化学科のことだけでなく、大学生活そのものについてもお話しすることができ、「福岡大学って楽しそうですね」と言われ、とても嬉しく感じました。

 今回、スタッフをしている中で、私は、高校生の溌剌とした雰囲気をとても感じることができました。制服を着て、目をキラキラさせながらキャンパス内を歩いている姿は、懐かしく、高校時代自分が何を考えていたか思い出させてくれました。それと同時に、もう二度とあの頃には戻れないのだと思うと、少し寂しくなってしまいました。今、高校生活を送っている方たちには一生懸命色々なことについて悩んで、友達とたくさんの思い出を作って、高校生の時でしか得られないものを多く吸収してほしいと思います。

 最後に、文化学科へ足を運んでくださった方々、本当にありがとうございました。学生や教員と話したり、展示を見たことで少しでも「文化学科おもしろそうだな」と感じて頂けていれば幸いです。来年の春、文化学科でお待ちしております!




オープンキャンパスの報告(2)
LC15台 坂田愛希子

 皆さんこんにちは!人文学部文化学科3年生の坂田愛希子です。平成29年8月5日、福岡大学ではオープンキャンパスが行われました。とても快晴でオープンキャンパス日和でした!

うさぎのブンちゃん
 文化学科の展示では、去年使われたパネルや模造紙を利用した教授紹介コーナーや、卒業論文コーナーはもちろん、大学生の講義ノートやプリントの展示や文化学科キャラクターうさぎのブンちゃんの展示を新しく設置しました。うさぎのブンちゃんとは、簡単に言うと、心理学で学んだ「かわいい顔」に基づいて学生が作成したキャラクターです(こちらの学生記事もぜひご覧下さい)。

 私はオープンキャンパススタッフをするのは今回で2回目になりますが、オープンキャンパスでの文化学科の展示は、毎回教室展示は力が入っているので、まだ見たことのない人はぜひ一度ご覧ください!!教室の展示だけではなく、廊下の大きな展示もぬかりないです。また、一つ一つの展示の内容も濃い物になっていますので、来年訪れる際はぜひ一度文化学科へお越しください!

 私は、オープンキャンパススタッフの1人として、オープンキャンパスに来てくれた高校生を同じスタッフや教授達と一緒に迎え入れました。午前中は模擬講義や奨学金の説明等により、学科の展示の見学に来ている高校生はごくわずかでしたが、学科の説明や魅力を存分に高校生に伝えることが出来たと思います。

 しかし、やはり午前中に見学に来た高校生は臨床心理学科や英語学科の見学と目的をもっている方が多く、中々最初から文化学科を目的として来てくれた方は少なかったように感じます。そこで、教室の入口付近で呼び込みを行う際に、心理学に興味がある方には心理学を、語学に興味がある方には語学を、文化学科で学ぶことが出来る事を伝えると興味を示し、文化学科に見学に来てくれる方もいました。「臨床心理学科で学ぶ心理学と文化学科で学ぶ心理学科の違いが分からない」という高校生も多く、私はあまり心理学の講義を受けたことが無かったので、説明に苦戦しました。また、文化学科で学ぶ主な7つの学問領域を書いた画用紙を入口付近に貼る事によって、文化学科がどのような事を学ぶのかを分かりやすくしました。うさぎのブンちゃんも推しました。

文化学科回転パネル
 文化学科に所属している上で「文化学科って何を学ぶの?」とよく質問される事があります。今回も、スタッフとして高校生に説明している時に2,3回聞かれました。そこで、活躍したのが「文化学科回転パネル」です!各学問領域について、それぞれどのような事を学ぶのかを理解して貰い、また今年から新しくその学問の卒論のテーマも紹介しました。文化学科回転パネルを使うと、高校生もよく理解してくれて、文化学科がどういう学科なのか知ってもらえました。新しく導入した大学生の講義用ノートやプリントでは、釘付けの高校生も多く、大学生の生活をより身近に感じることが出来たのではないでしょうか。

 文化学科は学生スタッフや教授の人数も充実しており、学生の生活の方法や講義内容も気軽に聞くことが出来るので、来年のオープンキャンパスにもぜひ足をお運びください!!

2017年8月11日金曜日

磯田ゼミ紹介(LC16台 笹本優太郎さん)


今年度6回目の学生記事をお届けします。文化学科2年生の笹本優太郎さんが、文化学演習Ⅰで所属している磯田則彦先生のゼミを紹介してくれています。磯田先生のお人柄とゼミの雰囲気が伝わってきます。


磯田ゼミ紹介
LC16台 笹本優太郎

 人文学部文化学科2年の笹本です。この記事では、私が所属する磯田ゼミについて紹介したいと思います。文化学科は歴史学科や英語学科のように特定の分野を専攻するのではなく、哲学・宗教学・芸術学・社会学・心理学・文化人類学・地理学など人間社会の文化に関する学問を、幅広く領域横断的に学んでいく学科です。自由で活気にあふれた文化学科の特徴がとりわけ磯田ゼミには色濃く出ています。

・磯田ゼミの流れ(前期)

  1. 自己紹介、レポートの発表の順番決め(第1回)
  2. レポート(ワードで作った紙のレジュメ)の発表、ディスカッション(第2回~14回)


・磯田ゼミの長所

 磯田ゼミは、ほぼ毎年、希望者で定員が埋まる人気ゼミの1つです。人気の理由は、おそらく自分の好きなテーマでレポートが書けるという点ではないでしょうか。磯田先生の専門分野は地理学・人口研究ですが、レポートで扱うテーマや学問分野は完全に自由で、それぞれのメンバーに任せられています。私たちの代の磯田ゼミのメンバーも、大体の人が選んだ理由にこの点を挙げていました。ゼミは自分の好きなことをより一層深く知る機会にもなれば、新たなことを調べる良い機会にもなります。そして様々なテーマのレポートを聞けるので、知識も広がりとても有意義な時間になります。今年度は「CDはなぜ売れなくなったのか」「死刑制度のこれからについて」「外国人から見た日本・日本人」など色々なテーマの発表がありました。私も「沖縄基地問題のこれから」というテーマでレポートを書き、沖縄における基地の現状や課題について理解を深めました。

 そして次の良い点は、自分でレポートのテーマや参考図書を選択して内容を決めることによって、レポートを書く力が身につきます。これは卒論を書くときなどに役に立ってくるのでとてもタメになります。そして磯田ゼミの基本は「仲良く、誰もが堂々と意見を言えるゼミ」なので、活発的なディスカッションも出来ます。

ゼミでのディスカッションの風景
あと、なんと言っても忘れてはならないのが磯田先生のお人柄です。磯田先生は学生に対しても上から目線ではなく対等に接してくださるので、ゼミはいつも和やかな雰囲気です。発表の後の質問タイムで磯田先生から色々な質問を受けますが、それもまた質問に答える技量が身につくのでとてもメリットになっています。
 
 磯田ゼミは自由度も高く学習しやすいゼミです。文化学科に入学して磯田ゼミで学ぶことで、私は様々なテーマに対して、しっかりと自分の意見を持って、積極的に発言できるようになり、自身の成長に繋がっているように思います。機会があればぜひ磯田ゼミを履修することをお勧めします。

2017年8月10日木曜日

木曜日のラグナロク(小笠原史樹先生)

平成29年度第7回目の「教員記事」をお届けします。今回の執筆者は、宗教哲学の小笠原史樹先生です。



木曜日のラグナロク

小笠原史樹(宗教学

ある日、映画館で「マイティ・ソー バトルロイヤル」というハリウッド映画のチラシを手に入れた。バトルロイヤル……? ネットで検索してみると、英語の原題は“Thor:Ragnarok”(ソー:ラグナロク)。元の「ラグナロク」を日本では「バトルロイヤル」に変えたらしい。

ソー(トール、ソール)は北欧神話に登場する神々の一人で、最高神であるオーディンの息子。ミョルニルというハンマーの使い手で雷を司り、最強の戦士として巨人や怪物たちと戦う。このソーを題材にした映画が「マイティ・ソー」で、「バトルロイヤル」はこのシリーズの第三作目にあたる。

ラグナロクも北欧神話の用語で、元々の意味は「神々の運命」。「黄昏」の意味を持つ言葉と混同されて、「神々の黄昏」と呼ばれることもある。神々を待つ運命とは、神々と巨人たちとの間で最後の戦いが行われる、ということ。つまりラグナロクとは、そのような最終戦争を指す言葉である。

夏が一度も来ないままに冬が三年間続くと、ラグナロクの兆しとされる。世界中で戦乱が起こり、狼たちが太陽を飲みこんで月を傷つける。大地が震えて山は崩れ、フェンリルという巨大な狼の鎖が解かれる。フェンリルは口を開けて突進するが、その上あごは天に届き、下あごは大地についている。ヨルムンガンドという巨大な蛇(ミッドガルド蛇)も海から這い上がり、フェンリルや巨人たちと共に、神々の住む世界へ殺到する。それに気づいた番人ヘイムダルが角笛を吹き鳴らし、オーディンは軍勢を招集して巨人たちに立ち向かう――。

ラグナロクでソーの戦う相手はヨルムンガンドと決まっており、すでにその勝敗も決まっている。オーディンはフェンリルと戦い、ヘイムダルはロキ(神々の一員にして巨人の子であり、フェンリルとヨルムンガンドの父親)と戦う。映画でこれらの戦いが描かれるとは限らないが、少なくとも「ラグナロク」というサブタイトルは、以上のような一連の物語を含意している。

ところで、今日はちょうど木曜日。木曜日を意味する英語の“Thursday”はソーに由来する、と言われる。つまり、木曜日は「ソーの日」。ちなみに、水曜日の“Wednesday”は「オーディンの日」。非日常的なハリウッド映画の中に留まらず、身の回りの一つ一つの言葉の背後にも、遠い異国の神話世界が広がっていたりする。神話の知識を少し手に入れるだけで、映画の楽しみ方も日常の見え方も変わる。

……と、いくら北欧に思いを馳せてみても一向に涼しさは感じられず、それもそのはず、ラグナロクには炎の巨人スルトも参戦しているのだった。

酷暑の日々、ラグナロクの到来はまだしばらく先のようである。


参考文献
 V・G・ネッケル・他編『エッダ――古代北欧歌謡集』、谷口幸男訳、新潮社、1973年
 R・I・ペイジ『北欧の神話』、井上健訳、丸善ブックス、1994年

小笠原先生のブログ記事
真昼の悪魔
スマホと空と攻殻機動隊
歌詞の中の神々

2017年8月9日水曜日

オープンキャンパス2017が開催されました

 福岡大学オープンキャンパス2017が、8月5日(土)に開催されました。

  文化学科関連では、鴨川武文先生の模擬講義「時間地理学で考える生活時間と生活空間」、 平井靖史先生の模擬講義「タイムトラベルを哲学する」に計400名近い多くの方々が聴講に来てくださいました。

 また、教員・在学生による個別相談も例年以上に盛況で、熱心なご相談、ご質問を数多くいただきました。

 模擬講義を担当してくださった先生方、教員スタッフ、学生スタッフの皆さん、そして何よりも文化学科を訪れてくださった高校生、保護者の皆さんに心よりお礼申し上げます。

 学生スタッフによる体験記も近日中にアップロードする予定です。お楽しみに。


2017年8月3日木曜日

心理学から見る福岡大学のマスコットキャラクターたち(LC16台 坂本景菜さん)

 今年度第5回目の学生記事をお届けします。LC16台の坂本景菜さんが、福岡大学のいくつかのマスコットキャラクターについて紹介し、心理学の講義で学んだ事を生かして分析してくれました。
 「うさぎのブンちゃん」という、文化学科のマスコットキャラクターも考案してくれています。



心理学から見る福岡大学のマスコットキャラクターたち

LC16台 坂本景菜

 皆さんは福岡大学のマスコットキャラクターをご存じだろうか。福大生の中にも「見たことはあるけど名前は知らない」「全く分からない」などという意見の人も多いと思う。かくいう私も1年生の間は全くといってもいいほどその存在を知らなかった。今回私は福岡大学のいくつかのマスコットキャラクターについて紹介するとともに、自分が1年生の時に受講した心理学の講義(2016年度末に定年退職された感情心理学がご専門の髙下保幸先生の講義)で学んだ事を生かして簡単に分析してみたいと思う。

福太郎先生
 まず最初に紹介するのは福岡大学図書館マスコットキャラクター「福太郎先生」。福太郎先生は福岡大学新中央図書館に住んでいるふくろうである。ホームページのキャラクター紹介では、チャームポイントはふくよかなお腹、つぶらな瞳、好物は辛子高菜のトッピングをしたバリ堅のとんこつラーメンで、替え玉は当たり前といういかにも福岡人らしい味覚をしている。趣味は閉館後の書架整理で、そのスピードは図書館スタッフ顔負けの手さばきらしい。そんな福太郎先生は、2015年に開催された「図書館総合展」で図書館キャラクターグランプリ「館の働き者部門」に入賞したという経歴もある。ちなみに、絵本や漫画など物語の中でふくろうが他の動物たちに比べ「知識人」として描かれがちなのは、一説によるとギリシャ神話の知恵の女神アテナ(ミネルヴァ)の使いがふくろうであったことから、いつしかふくろう自体が知恵の象徴になったのが始まりだという。福太郎先生も例にもれず博識なふくろうであり、「先生」と呼ばれているからには教えている生徒が存在する。その名も「ペンギンズ」。

ペンギンズ

 ペンギンズはカラフルなペンギンたちで、れっきとした福大生である。総員9羽で、それぞれが福岡大学の学部に所属しており、1学部に1羽いる。人文学部はペン、法学部は天秤、商学部は電卓…といったようにそれぞれの学部に関係したアイテムを持っており、福太郎先生に図書館の活用方法を習って、卒論やレポートを仕上げようと思っているらしい。「いつかは福太郎先生と一緒に空を飛ぶのが夢」ということだが、福太郎先生はふくろう、彼らはペンギンである…という事についてはあまり触れないほうがいいのかもしれない。(福岡大学図書館 キャラクター紹介[http://www.lib.fukuoka-u.ac.jp/character/])

ステッピイ
  また、福大生ステップアッププログラム(FSP)マスコットキャラクターは階段「step」と勉強「stady」をかけたニックネームの「ステッピィ」。黄色いカラーリングと階段を模したシンプルなシルエットが特徴である。詳しい設定などの公開はされていないが、ホームページのイラストを見るに、植物を育てたり、様々な分野に興味を持っていたり、飛び跳ねたりとアグレッシブな様子が見られる。ちなみに福大生ステップアッププログラムとは、「学び」「豊かな人間性」「「社会」の3つのステップから本学生の人間的成長をサポートするプログラムで、学生同士のコミュニケーションをベースにした学生参加型の授業や、アジア圏の協定校との国際交流セミナーを開講したり、本学の学生が自主的に企画した独自のプロジェクトを支援したり、卒業生の方から大学生活で学んだどのような事がいかに人生で大切なものであるかを教えて頂く講演を開催したりなど盛りだくさんの内容になっているので、気になる方は受講してみる事をお勧めする。(福大生ステップアッププログラム2017 ステッピィのプロフィール[http://www.fukuoka-u.ac.jp/fsp/fu/profile/])

 さて、ここまでにあげた3つのキャラクターの中で、一番心理学の観点から「一般的にかわいい」とされるキャラクターはどれだろうか。

 心理学的に「かわいい顔」とされるのは「幼児図式」、つまり赤ちゃんのような顔である。細かく挙げると、高く張り出した額、顔に相対して大きな目、適度な目の光、丸く膨らんだ頬、小さな口、体に比べて大きな頭、丸い感じの体つき、ぎこちない動き、などがある。中でも中核的な部分は「上顔に比べて短い下顔」である。人間に限らず、他の動物やぬいぐるみや人形、アニメのキャラクターでこのような要素があれば「かわいい」と思わせることが出来るという。そしてこの「幼児図式」を参考に考えると、目の大きさ、目の光、小さな口、全体的な丸みなど当てはまる部分が一番多いのは福太郎先生であると言える。特に前述した福太郎先生のチャームポイント「つぶらな瞳、ふくよかなお腹」が決め手になった。

 せっかくなので私も幼児図式になるべく沿った、文化学科のマスコットキャラクターを考えてみた。名づけて「うさぎのブンちゃん」である。耳は福岡大学の「F」をデザインに、文化学科の幅広く学べる特性からいろいろな物を詰め込めるように大きなリュックを背負わせた。手に持っているのはにんじん型のメモ帳、首元には文化学科の頭文字でもあり、自分の名前の頭文字でもある「B」が入ったバンダナをしている。体に対して大きな頭、小さい口、全体的に丸いフォルム、丸い頬、下部に寄った大きくつぶらな目、ありきたりなキャラクターデザインのような気もするが、それだけ幼児図式が様々な「かわいい」キャラクターの基礎として使われていると言えるだろう。

うさぎのブンちゃん

 今回は一部のキャラクターの紹介と、髙下先生の心理学の講義で学んだ内容を踏まえて「幼児図式」から見る「かわいさ」について分析したが、これを機に福岡大学のマスコットキャラクターを身近に感じてくれる人が増え、さらには図書館や福大生ステップアッププログラムなどに興味を持つ人も増えてくれれば、マスコットキャラクターたち(関係者の方々)にとっても喜ばしいことだと思う。

2017年7月31日月曜日

生死を分かつ瞬間の認知情報処理(大上 渉 先生)

 平成29年度第6回目の「教員記事」をお届けします。心理学の大上 渉先生です。人間が生と死の瀬戸際で発揮する認知能力について、その内容と理由をわかりやすく解説していただきました。



生死を分かつ瞬間の認知情報処理

   
     大上 渉(心理学

 19歳だったか20歳だったか、一度死にかけたことがある。クリスマスの夜遅く、小倉の魚町にあるバイト先から八幡にある自宅までバイク(ヤマハTZR)で帰宅していた時だった。自宅近くの「岸の浦」の下り坂を走行中、脇道から飛び出してきたタクシーの横っ腹に衝突した。それと同時にバイクから放り出され、空中を数回転して地面に叩き付けられた。身体は一部強打したものの、運よく受け身の姿勢がとれ、骨折など大きなけがはせずに済んだ。

 この時、不思議な経験をした。空中に放り出されたのはほんの一瞬だったが、時間がとてもゆっくりと進んでいるように感じた。時間の感覚だけでなく、周りの世界もスローモーションで動いているように見えた。空中に放り出されながら見た夜空のことは、今でも覚えている。星の瞬きまでしっかりと見えた。

 このエピソードは私自身の体験であるが、心理学における事例研究からも、生死を分かつ瞬間にスローモーション的知覚がなされることが報告されている。どうも緊急時に起動する認知情報処理システムのようだ。

 生と死の瀬戸際に起動する認知情報処理システムについて詳しく調べるには、個人が見舞われた危機的状況時に、知覚や認知にどのような変化が生じたのか、多くのエピソードを収集し、それぞれの共通点や相違点などを整理することにより、仮説を導き検証することができるかもしれない。

 しかしながら、それは簡単なことではない。なぜならば、体験者の性別や年齢、職業、また危機的出来事の詳細(例えば、同じ絶体絶命の状況であっても、交通事故と自宅の火災では質的に著しく相違する)には多くの相違点がみられることが予測され、さまざまな条件がそろったデータを得ることは難しいからだ。

 また、実験室において危機的状況を設定し、知覚・認知にどのような変化が生じるのか、測定することも方法論的には可能ではあるものの、実験参加者に死を予感させるまでの状況を再現することは、技術的にも倫理的にもほぼ不可能という大きな問題が残されている。

 そこで、参考になるのは米国の警察官に対して行われた調査である。日本とは異なり、米国では、武装した麻薬密売組織や銃乱射犯を制圧する際に銃撃戦となることも多い。その際、警察官は死をも覚悟する強烈な情動的ストレスに曝される。そこで、銃撃戦を経験した警察官を調査対象とすることで、個人属性や危機的状況がある程度統制された、比較対照しやすいデータが得られることになる。

 米国の警察心理学者であるアートウォール(Artwohl)は、1994年から1999年にかけて、米国の法執行機関に所属し、銃撃戦を経験した警察官に対する質問紙調査を行った。総勢157人のデータを分析したところ、次のような結果となった(表1参照)。
 157人のうち、筆者がかつて経験したようにスローモーション体験をした者が62%、またそれ以外にも、著しい視野狭窄(トンネル視)の経験をした者が79%、遠方の細部まではっきり見える鮮明な視覚経験を報告した者が71%、聴覚抑制を経験した者が84%おり、出来事の記憶が一部欠落した者が52%いた。

 アートウォールの調査で報告された心理現象について、もう少し補足する(スローモーションについてはすでに述べたので割愛)。まず、視野狭窄とは、視界が著しく狭くなり、周辺にある事物の知覚が難しくなる現象をいう。あたかもトイレットペーパーの芯からのぞいているように見えたとの報告もある。鮮明な視覚経験とは、あまりに細かすぎて普段では決して見えない細部が鮮明に知覚される現象である。例えば、拳銃の引き金に掛かった犯人の指や、拳銃の弾倉に格納された弾丸(リボルバー式であれば)まではっきりと見えたという。また聴覚抑制とは、銃撃戦であれば発砲音が鳴り響いているにもかかわらず、何も聞こえない現象をいう。最後の出来事の記憶の欠落とは、出来事の記憶のうち、どうしても思い出せない空白部分が生じることであり、自分が行った行動や言動について他人から指摘されても覚えていないし、なぜそのようなことを行ったのか説明できないという。

 このような警察官に生じる心理現象は、アートウォール以外の研究においても繰り返し報告されており、米国の法執行機関の第一線で活躍する警察官にはよく知られた現象のようである。

 緊急事態時に生じる視野の狭窄については、警察官ばかりでなく、事件・事故の目撃者にも生じることが知られている。かつて筆者も実験的方法によりこの現象を検証したことがある(大上ら,2001)。1970年代ころより、心理学者は諸条件を厳密に統制した実験的手法を用いて目撃証言の信頼性を吟味する研究に取り組んでいる。筆者が行った実験の目的は、恐怖や驚きなどの情動が喚起されると目撃者に視野狭窄が生じるか否かを明らかにすることであった。

 実験手続きとしては、まずディスプレイ前に実験参加者を着座させ、ビデオを提示する。このビデオは、実験参加者の情動を操作するための刺激であり、恐怖・驚きの情動に誘導する情動ビデオと、情動には影響を及ぼさない中性ビデオの2種類があった。実験参加者はこのビデオを観察するのだが、恐怖や驚きの情動が喚起される場面において、ディスプレイ画面の4隅のうちいずれかに数字が一瞬(0.5秒)出現する(図1参照)。
 ビデオ観察直後に、実験参加者に数字の出現に気付いたか尋ね、その数字の検出成績について、情動ビデオ観察群と中性ビデオ観察群とで比較した。もし、恐怖や驚きにより、視野狭窄が生じるのであれば、情動ビデオ群の方が、中性ビデオ群よりも、画面隅に出現する数字に気付かず、見逃してしまうことが予測される。実験結果は、予測したとおり、中性ビデオ観察群よりも、情動ビデオ観察群の数字検出成績の方が低く(図2参照)、ネガティブな情動により視野が縮小したものと考えられた。
 では、生と死が紙一重となる極限状態では、なぜわれわれの知覚・認知機能に抑制、ないしはある指向性を持った鋭敏化が生じるのであろうか。

 認知心理学的なレベルでは、処理資源モデルによる説明が行われている。自動車のエンジンを動かすにはガソリンが必要なように、われわれの認知情報処理システムを稼働させるには処理資源と呼ばれる精神的エネルギーのようなものが必要となる(芳賀,2000)。個人が利用できる処理資源量は一定で、限りがある。

 従って、幾つもの課題を同時に行うと、それぞれへの処理資源の割り当てが少なくなり、精緻な課題処理が行えず、誤りも多くなってしまう。ゲームのプレイやスマホの操作に夢中になると、話し掛けられても返事が上の空になってしまうのはそのためだ。

 生死を分かつような緊急事態に際しては、生存に必要な情報の「選択と集中」が行われているものと考えられる。有用な情報が多く含まれる視覚情報に少しでも多くの処理資源を振り向けるために聴覚は抑制・遮断される。また、できる限り視野を狭くすることにより、クリティカルな一点の情報処理に集中させる。そのような情報処理の集中化に伴い、膨大な視覚情報が精緻に深く処理されることから、日常では経験できない鮮明な知覚経験をし、同時に時間知覚にも変化が生じるものと考えられる。

 このように、われわれは、生と死の瀬戸際で驚くべき認知能力を発揮する。これらは人間の生に対する執着と、これまでの適応の歴史を反映した機能なのかもしれない。

参考文献
  • Artwohl, A (2002). Perceptual and memory distortion during officer-involved shootings. FBI Law Enforcement Bulletin, 71, 18-24.
  • Grossman,D. & Christensen, L.W  (2004). On Combat. The Psychology and Physiology of Deadly Conflict in War and in Peace. International, Armonk, NewYork, 安原和見(訳),2008 「戦争」の心理学 二見書房
  • 芳賀繁(2000). 失敗のメカニズム―忘れ物から巨大事故まで―日本出版サービス
  • 大上渉・箱田裕司・大沼夏子・守川伸一(2001). 不快な情動が目撃者の有効視野に及ぼす影響 心理学研究, 72, 361-36.


*なお,この記事は,福岡大学の総合学術機関誌『七隈の杜』第12号(2016年1月19日発行)に掲載された随筆を,本学広報課の許可を得て転載したものです。

 

2017年7月28日金曜日

平成29年度 オープンキャンパスのご案内

 今年度オープン・キャンパスの文化学科関係のお知らせです。
 文化学科の模擬講義、個別相談には右のポスターを目印にどうぞ。たくさんのご来場をお待ちしています。


◆模擬講義「文化学科で考える<時間>」

 会場  8号館2階 826教室

1)「時間地理学で考える生活時間と生活空間」
  講師  鴨川武文 先生
  時間  11:30 ~ 12:10

2)「タイムトラベルを哲学する」
  講師  平井靖史 先生
  時間  14:00 ~ 14:40


◆教員・在学生による個別相談
  会場  A棟6階 A615 教室
  時間  10:00 ~ 16:00


 また、ご来場頂いた方には、各界で活躍する文化学科の卒業生や在学生を紹介した『文化学科卒業生・在学生名鑑』(2017年版)をプレゼントします。卒業生24名、在学生10名の記事に加えて、文化学科の行事や就職先の情報も載っています。文化学科の学生が手作りで製本しました。

 250部限定です。品切れの際はご容赦下さい。





昨年のオープン・キャンパスの様子はこちらをご覧下さい。
オープン・キャンパスが開催されました








一昨年の文化学科のオープン・キャンパスの様子を学生が記事にしてくれました。


大学全体オープンキャンパスの案内はこちらをどうぞ。
 http://nyushi.fukuoka-u.ac.jp/event/oc/

2017年7月24日月曜日

学生生活~ひとりでも楽しむには~(LC11台 北原楓さん)

 今年度第4回目の学生記事をお届けします。LC11台の北原楓さんが「大学生といえば、友達がいないと楽しめない」という考えに一石を投じたい、とひとりでも大学生活を楽しむための3つの方法を紹介してくれました。



学生生活~ひとりでも楽しむには~
LC11台 北原 楓

 皆さんは、「ソロ活」という言葉をご存じだろうか。ソロ活とは、ひとりご飯、ひとり映画、ひとりカラオケ―――などといったような、ひとりで物事を楽しむ事である。自分のペースで、自分の好きなことを、自分で選んで出来ることが、ソロ活の魅力だ。

 大学生といえば、サークルに所属したり、アルバイトに勤しんだり、大学で出来た仲間たちと、楽しい青春を過ごすというイメージを持つ人も多いと思う。確かに、大学校内やその周辺地域では複数人で過ごすことを前提とした施設やサービスが充実している。それも大学生の生活の一面ではあるが、しかしながら、ひとたび別の視点を持ってみると、ひとりでも楽しめるような要素が、意外と多いことにも気づく。今回は、「大学生といえば、友達がいないと楽しめない」という考えに偏重しがちな昨今の状況に、一石を投じたい。私の考える、ひとりでも大学生活を楽しむ3つの方法を、この記事で紹介しようと思う。

1. お気に入りの場所を見つける

 誰しも、自分が落ち着く場所を持っているのではないだろうか。大学の中でも、自分のお気に入りの、リラックスできる場所を見つけられたのなら、より活き活きとした大学生活を送ることが出来るであろう。そんな場所を見つけるには、福岡大学はたいへん恵まれていると言っても過言ではない。福岡ヤフオク!ドームの、フィールド面積約45個分の敷地を有する福岡大学の中には、講義が行われる校舎をはじめ、図書館、食堂、売店など、様々な施設が設けられている。また、大学周辺には、昔ながらのカフェや、ラーメン屋、食事処など、学生にやさしい場所も多く存在する。

 魅力的な場所を探すのも、楽しみの一環だ。大学は、絶好の探検場所でもあるのだ。自分のお気に入りの場所を見つけて、ひとりでくつろぎ、楽しむ時間を過ごしてはいかがだろうか。

私のお勧めスポットは、レストラン『みつる』。
福大通用門から歩いてすぐ。
レトロな喫茶店のような雰囲気がたまらない。
軽食のほか、クリームソーダなどのドリンクメニュー
も豊富である。


2. 自分の興味のある講義を見つける

 大学の講義はとにかく幅広い。各々の学科特有の専門知識を学ぶ講義や、英語をはじめとする語学の講義や、「生涯スポーツ論」―――福岡大学における体育の講義など、学びの範囲は高校生の時に比べてより広く、専門的になる。講義を選び、時間割を作るのは学生に委ねられているのだが、よくある履修登録の決め手として「単位のとりやすさ」や「友達も同じ講義を取っているか否か」が挙げられる。確かに、講義の難易度については、新入生には不安があるかもしれない。友達も一緒に受けることで、わからないところを教え合ったり、万が一自分が講義を欠席した時に、フォローしてもらうことができるかもしれない。しかし、それらの決め手よりも「自分が、その講義に興味・関心があるか」を優先することがベストである。自分が元々興味のある分野についてより深く学ぶも良し、将来の夢のために、たとえ難しそうでも必要な知識を身に付けるのも良し、新たに興味のある講義を見つけ、視野を広げるのも良しだ。しっかりと自ら学ぶ意欲を持った上で受けた講義は、やがて実になるだろう。自分の意思を優先して、あえてひとりで受講する環境は、自らを育てるかもしれない。

3.「学生割引」を活用する

 人生における最後の学生生活が、大学生になる人も少なくないだろう。悪い言い方ではあるが、「大学生活は人生の夏休み」と揶揄されるように、大学生は自由な時間が大いにある。その時間を充実させるのも、空虚なものにするのも、自分次第なのだ。大学生である特権をフル活用できるのが、「学生割引」である。

 よくある学生割引は、カラオケ、ボーリング、食事、映画などが対象として挙げられる。ソロ活という観点から見れば、自分の好きな曲だけを、人目を気にせず歌える一人カラオケは、需要が高まりつつある。現在では一人カラオケ専門のカラオケ店の存在も珍しくないほどだ。

 また、福岡大学の学生は、九州国立博物館の「キャンパス・メンバーズ」会員であり、様々な特典を受けることが出来る。例えば、学生証を提示することで、九州国立博物館の平常展を、何度も無料で観覧できるのだ。文化や歴史に興味がある学生はもちろん、新たな体験をしてみたい学生も、この特典は見逃せない。これまで挙げたことは、娯楽のうちに過ぎないかもしれない。しかし、学生のうちに様々な経験をすることは、自らの糧になり得るであろう。ひとりでも、自分が興味のある事をたくさん経験していくことが大事である。

 「ソロ活」を推奨した私だが、友人と楽しむ学生生活を否定したわけではない。信頼できる友人を作ることも、大学生活の醍醐味である。そんな中で、しっかりと自分の意思を持ってほしい。ひとりで選択し、行動することは、自立への第一歩となる。


2017年7月23日日曜日

LC哲学カフェ開催:ギリシア神話で哲学する


7月10日(月)の夕方、本年度第三回目のLC哲学カフェが開催されました。はじめての試みとして、今回の題材はギリシア神話。タイトルは「娘よ、ギリシアのためにおまえを生贄に?――ギリシア神話で哲学する」。

メイン・タイトルは、エウリーピデース(古代ギリシアの作家)作の悲劇『アウリスのイーピゲネイア』の、次のようなアガメムノーンのセリフを踏まえたもの。「望もうと望むまいとギリシアのためにおまえを犠牲にしなければならない。/これに逆らう力は無い。ギリシアは自由でなければならない。/そのために、娘よ、おまえと私は力を尽すのだ」(高橋通男訳)。

参加者は学生さんが7名と教員が2名。前半は、このエピソードの内容についての確認や、違和感を覚えるポイントなどの話が中心。アガメムノーンはギリシア軍の総大将。兵士たちは、娘を犠牲にするような人間についていきたいと思うのか。逆に、私情を捨てて全体を優先する姿が総大将にふさわしく、頼もしく見える……?

しかしそもそも、女神アルテミスが怒った原因は、アガメムノーンがアルテミスの鹿を殺したから。自分の罪の償いのために娘を犠牲にするのは許されるのか。いやその前に、戦争の原因は、パリスが人妻のヘレネーを誘拐したこと。結局、すべてパリスが悪い。しかし、パリスがヘレネーを手に入れたのは、女神アプロディーテーの助けによるもの。アプロディーテーがそんなことをしたのは、黄金のりんごを手に入れるため。そのりんごを持ってきたのは女神エリスで、そしてエリスがそんなことをしたのは、結婚の披露宴にエリスを招待しなかったから。結局、エリスを招待し忘れた人が悪い……?

カタカナの名前ばかりでわからない、という嘆きの声も聞かれる中、「つっこみどころ満載」、「むしろ、つっこみどころしかない」などの感想も。

後半は一挙に、話題が様々な方向に展開。娘を犠牲にしてより多くの人々の利益を優先する、という話から、トロッコ問題やサバイバル・ロッタリーの議論へ。その他、最近の人工知能をめぐる問題、歴史は繰り返すのか一回限りなのか、不老不死の是非、ヴァーチャル・リアリティ、ユーコン川をカヌーで下る話、等々。何ら話がまとまる気配のないまま、いつものように六時のチャイムと共に、強制的に終了となりました。

マンガを題材にするのと比べて、聞きなれないだろう名前も多く、ややハードルは高かったかもしれません。登場人物や物語についての説明など、もう少し工夫が必要だったかもしれない、と反省しつつ、いずれどこかのタイミングで、この手の題材もまた扱ってみよう、と企んでいます。

さて、いよいよ定期試験も間近。その後には夏休みが待っています。哲学カフェも一旦お休みして、また夏休み明け、9月末頃から再開の予定です。引き続き、このブログ上で告知しますので、乞うご期待。次回はあのマンガ作品を……?

なお今回、ギリシア神話のストーリーに関してはブルフィンチの本を参照しましたが、物語の細部について、また違ったヴァージョンもあります。興味のある人には、ホメロスの叙事詩(『イリアス』と『オデュッセイア』)やギリシア悲劇などがおすすめ。長い夏休み、ぜひ古典に挑戦を。

参考文献
 『ギリシア悲劇全集9』、岩波書店、1992年
 トマス・ブルフィンチ『ギリシア・ローマ神話(下)』、大久保博訳、角川文庫、2004年(増補改訂版)

2017年7月8日土曜日

伝統芸能 筑紫舞について(LC17台 亀井南央さん)

 今年度第3回目の学生記事をお届けします。文化学科1年生の亀井南央さんが九州の伝統芸能である筑紫舞について、自らが関わることになった経緯や活動内容について紹介してくれました。亀井さんは千葉県の出身ですが、筑紫舞を学ぶために福岡の高校に進学し、この4月に文化学科に入学されています。


伝統芸能 筑紫舞について
LC17台 亀井南央

 私は幼少の頃より、九州が発祥の日本の伝統芸能「筑紫舞」を習っており、将来は筑紫舞の伝承者になりたいと思っています。この舞は、平安時代の「続日本紀」にも書かれているほど歴史があり、歌舞伎や能、狂言などの元となったといわれる素晴らしい舞です。始めたきっかけは、祖母が習っており、物心を付いたときにはすでに習い始めていました。中学時代までは千葉県に住んでいて関東の教室で筑紫舞を習っていましたが、ご宗家の勧めもあり、本拠地で本格的に習得しようと決め、高校入学を機に家族と共に現在の本部である福岡市東区に移住しました。


 筑紫舞は、パリなどの海外公演でも成功を収めており、私もいつか海外公演を実現し、この貴重な日本の伝統芸能を世界に発信して参りたいと考えています。その時のために私は、日本の伝統や文化、宗教を深く学び、それを直接海外の方々に伝えられるようになりたいです。この目標を達成するためには、多角的な視点から日本の歴史や文化を学ぶことができ、留学の制度をたくさん設けてくださっている、福岡大学の人文学部文化学科で、夢を実現するために学習していこうと思います。

 現在私は、筑紫舞の門下の中でも師範という位におり、毎年近隣の香椎宮や紅葉八幡宮、住吉神社などを始め福岡の多くの神社で、舞を奉納させていただいております。

 また年に一度、大濠公園の能楽堂にて奉納ではなく舞台というかたちでお披露目していて、五年連続で出演させていただいております。昨年の舞台は、五百人以上の方々に見ていただくことができ、今までで一番幸せで、達成感のあるものとなりました。近年では、他の高校や大学に筑紫舞の講義をしに行くことも増え、名取りとして学生達に教えに行く立場にもあります。

 どの伝統的なものの分野にも共通して言える課題として、若年層があまり興味を示さないということが挙げられます。私と同年代の門下生を増やしたいという理由もあり、今まで培ってきた経験を十分に生かして、福岡大学でもより多くの学生にこの九州発祥の素晴らしい舞の存在を知って、興味を持ってもらいたいです。また、自分が師範という立場にあるので、教える側になり、ぜひみんなに触れてもらえたらと考えています。

 私はこの舞を、生涯かけて伝承していく所存です。先代の宗家、西山村光寿斉先生は、「筑紫舞を無形文化財にしたい」とおっしゃっておりました。私もそれを目標に、過去の経験を生かしながら、今できることを少しずつでもして、精進します。

 8月5日(土)12時30分から、大濠公園能楽堂にて公演致しますので、お時間がありましたらぜひ観にいらしてください。



2017年7月7日金曜日

卒業論文相談会開催のお知らせ

卒業論文相談会開催のお知らせ
(LC15台/3年生対象)

10月上旬の「卒業論文指導願」提出に向けて、夏休み明けの9月下旬、3年生を対象に卒業論文相談会を開催します。

会場には文化学科の全教員が集合。その場で個々の教員に、卒業論文について個別に相談することができます。卒業論文を書くかどうか迷っている人も、ぜひ参加してみて下さい。

 日時 2017年9月29日(金)16:30-18:00
 場所 文系センター棟15階 第5会議室

当初は9月27日(水)開催の予定でしたが、諸事情により開催日を変更しました。ご注意下さい。
※当日は『2017年度版 福岡大学人文学部文化学科 教員紹介』を持参して下さい。

なお、この相談会に参加しなくても、卒論の指導を受けることは可能です。

卒業論文を書こうと考えている人は、ぜひ夏休み前に一度、論文のテーマや参考文献などについて、身近な教員(所属ゼミの教員など)に相談してみて下さい。相談した教員が直ちに指導教員となるわけではありませんので、どの教員に相談しても構いません。その上で、夏休みの時間を利用し、本を読んだり資料を集めたり、少しずつ作業を進めておくのがおすすめです

卒業論文を書くために必要な手続きについては、『2017年度版 福岡大学人文学部文化学科 教員紹介』の25-31頁「卒業論文を書くために――卒業論文をめぐるQ&A」を参照して下さい。

卒業論文関連の最近のブログ記事は下記の通り。

平成28年度 卒業論文相談会が開催されました
平成28年度 卒業論文発表会が行われました
卒業論文発表会に参加して
卒業論文執筆を終えて(LC13台 植田舞香さん)
平成28年度提出の卒業論文題目一覧

何か不明な点があれば、教務連絡委員の小笠原か本多先生まで。

教務・入試連絡委員 小笠原史樹・本多康生

2017年6月30日金曜日

ゼミ研修旅行で熊本の市現代美術館と県立美術館を見学(植野健造先生)

 平成29年度第6回目の「教員記事」をお届けします。美術史の植野健造先生です。毎年ゼミ旅行のご紹介をいただいています。今年は、熊本市現代美術館と熊本県立美術館の見学記です。



ゼミ研修旅行で熊本の市現代美術館と県立美術館を見学

   
     植野健造(美術史

 日本美術史、博物館学担当教員の植野です。今年もゼミ旅行の報告をさせていただきます。

 私のゼミでは、浦上雅司先生(西洋美術史)のゼミと合同で前期と後期に1回ずつ日帰りで、美術館や寺院や文化財などを見学する貸し切りバス見学研修旅行を行っています。今年は、先日6月10日(土)、教員3名、学生21名の総勢24名で熊本市に行きました。今回は新任の落合桃子先生とそのゼミ生も参加しました。

 そもそも熊本市の2館への見学は昨年度当初に計画していたのですが、2016年4月14日、16日の地震発生で断念せざるをえなかったものです。朝9時に大学を出発し、午前中は熊本市現代美術館で、収蔵庫前室などのバックヤードツアーを行なった後、「高橋コレクションの宇宙」展 を学芸員さんによる説明を受けながら見学しました。

熊本市現代美術館、学芸員さんの説明を受ける

 精神科医・高橋龍太郎氏によって収集された高橋コレクションは、1990年代以降の日本の現代美術を主軸とした個人コレクションです。今回の展覧会は、2500点を超えるコレクションから、会田誠、小沢剛、草間彌生、束芋、チームラボ、奈良美智、名和晃平、蜷川実花、村上隆、森山大道、山口晃など36作家、約120点が展示された充実した内容でした。

熊本市現代美術館、奈良美智作品の部屋

 午後からは、熊本県立美術館で本館の「今西コレクションの名品」「コレクション」展、別棟で「細川コレクション 暮らしを彩る調度―うるしの美、蒔絵の輝き」展を見学しました。今西コレクションは、NHK熊本放送局の職員であった故・今西菊松氏が生涯をかけて収集した、肉筆浮世絵・版画・茶道具・工芸品などの優れたコレクションです。別棟の展示は、細川家伝来の美麗な大名調度を紹介するものでした。見学に先だち、やはり学芸員さんによる説明を受けましたが、昨年の地震時とそれ以後の復旧活動のお話しはたいへん興味深いものがありました。

熊本城 未申櫓(ひつじさるやぐら)
未申櫓は2003年8月復元、石垣は2016年4月の地震で一部崩落

 この日は曇りでした。県立美術館のある熊本城公園からは、熊本城の天守閣、宇土櫓などが望まれました。再建まであと何年かかるものでしょうか。

 記録として、2016年度後期の見学について書きとどめておきます。

2016年11月19日(土)
久留米市美術館「開館記念展 ふたたび久留米からはじまる。九州洋画」展、九州国立博物館「京都高山寺と明恵上人 鳥獣戯画」展、観世音寺(宝蔵、戒壇院)を見学。

*画像はすべて植野健造、2017年6月10日(土)撮影


**このゼミ旅行に参加した、LC15台の岡安麗奈さんから「ゼミ旅行記<熊本の美術館編>」という記事をご寄稿いただいています。そちらもぜひご覧下さい。


□植野先生のブログ記事
 ・ゼミ研修旅行で長崎・軍艦島に上陸見学
 ・ゼミ研修旅行でOPAM大分県立美術館を見学
 ・ゼミ研修旅行で長崎の博物館と美術館を見学

ゼミ旅行記<熊本の美術館編>(LC15台 岡安麗奈さん)

 今年度第2回目の学生記事をお届けします。文化学科3年生の岡安麗奈さんが熊本の美術館へと出掛けたゼミ旅行の模様を綴ってくれました。


ゼミ旅行記<熊本の美術館編>
     LC15台 岡安麗奈


 2017年6月13日㈯、人文学部文化学科の芸術系のゼミである植野ゼミ、浦上ゼミ、落合ゼミの3つのゼミが合同で熊本市現代美術館と熊本県立美術館に行って来ました。この記事では簡単にその時の模様をレポートします。

 ちなみに芸術系のゼミは毎年合同でどこかの美術館に日帰りで研修を行っているそうなので、 文化学科に入ろうかと考えている方で、芸術に興味のある方や文化学科の1年生の方は、これらの情報をゼミ選びの際には参考にしてもらえたらよいのではないかと思います。

 貸し切りバスに揺られておよそ2時間後に熊本県に到着しました。熊本市の中心地に入り、人通りの賑やかさに気を取られていると、 熊本市の中心街の商業ビルの3階に熊本市現代美術館はありました。

 

 最初に行った熊本市現代美術館では、現在行われている「高橋コレクションの宇宙」展という特別展を主に見ました。「高橋コレクションの宇宙」展というのは、精神科医・高橋龍太郎氏によって収集された1990年代以降の日本の現代美術を主軸に据えたプライベートコレクションである「高橋コレクション」の作品の展示会の一つです。2008年を皮切りに始まった「高橋コレクション」の展示会は、現在では日本各地の美術館で毎年のように開催される規模になっているそうです。

 「高橋コレクションの宇宙」展には、2500点を超えるコレクションの中から、36作家、約120点の作品が展示され、人物画から風景写真、椅子に置かれた人形、鹿の剥製からインスピレーションを受けたオブジェまで、あらゆる様式の作品が置いてありました。何にも囚われていない現代芸術の奥行きや未知な部分に触れることができ、まさに展示会の名前にある現代芸術の「宇宙」を感じさせる展覧会であると思いました。

  私自身芸術に興味はあるものの、西洋の中世や近代の作品に強く関心があり、日本の美術また、現代美術はあまり関心も知識もないため正直「現代美術館」と名前が付くような場所に行ってもよいのだろうかと、少々戸惑いがありましたが実際に鑑賞してみると、知識がなくても楽しめて、非常に面白かったです。昔の作品にはない自由な発想や独創性、「こういうものもありなのか!」というようなびっくりさせられることの連続で非常にわくわくしました。機会があればまた行きたいと思います。また、ぜひこの記事をご覧になられている方にも一度足を運ばれることをお勧めします。

 「高橋コレクションの宇宙」展は特別展と上記しましたので、この記事を今ご覧になられている方は「もう見られないじゃないか」と思われた方もいるかもしれませんが、大丈夫です。

 実は常設展にも非常にユニークな作品が展示されています。例えば、「草間彌生の世界」という世界的アーティストである草間彌生氏が手掛けた不思議な世界が覗ける作品や「寝っ転がって本を読める」本棚など一筋縄ではいかないような作品が数多く展示してあります。ぜひ実際に見ていただきたいです。


 1時間半ほど鑑賞した後は、お昼休憩の時間です。熊本出身の浦上先生が、熊本市立現代美術館から10分くらいの場所にあるおいしい料理のお店に連れて行って下さりました。熊本ラーメンを食べた後、蓬楽饅頭で饅頭ではなく、ふわふわのかき氷までごちそうなりました。このかき氷はメニュー表に「コバルトアイス(ミルク味)」と表記されています。 ですので、私はてっきり白色ものが出てくるのだろうと思っていたら、予想に反して水色のかき氷が運ばれてきて驚きました。すると、生徒たちの驚いた反応を見ていた浦上先生が「コバルトブルー」から「コバルト」と名付けられているということを教えて下さり、学生一同は納得しました。ちなみに通はこれを頼むのだそうです。(笑)

 本日2つ目の美術館は熊本県立美術館ですが、熊本市現代美術館からバスでだいたい20分で着きました。 熊本県立美術館は、約1年前に熊本地震で倒壊してしまった熊本城のそばにあり、復興中の熊本城も遠くから見ることができました。熊本県立美術館自体は耐久性に富んだ建物構造をしているということで、損害は少なく済んだそうです。
 
 熊本県立美術館では、特別展の「今西コレクション」と常設展の「夜から朝へ:世紀末のロンドンとパリ」と別棟にある常設展の「細川コレクション」を見ました。 今西コレクションとは、元NHK熊本放送局の職員であった、故・今西菊松氏が収集した、肉筆浮世絵・版画・茶道具・工芸品などの大変優れたコレクションだそうで、中でも肉筆浮世絵は国内でも有数のコレクションとのことでした。確かに美人画では現代の感覚でも、おしゃれだなと思うような着物の柄が丁寧に描かれていたり、西洋の遠近法を用いて描かれた浮世絵が展示されていたりして楽しかったです。

 また「夜から朝へ:世紀末のロンドンとパリ」では、印象派のルノアールの作品があったり、現代美術のポップアートがあったりと時代をまたがった展示がなされていました。さらに「細川コレクション」では当時の貴重な甲冑や嫁入り道具などを見ることができて、非常に見どころ豊富な美術館だなと感じました。

 こちらの美術館も1時間半程見学した後、バスに揺られて無事に2時間かけて福岡大学に帰ってきました。
 
 後期の10月、11月あたりにもゼミ旅行があるそうなので楽しみです。

 それでは、これでゼミ旅行のレポートを終わります。 最後までご覧になってくださってありがとうございました。


*このゼミ旅行を引率された植野健造先生も「ゼミ研修旅行で熊本の市現代美術館と県立美術館を見学」という記事を書いておられます。そちらもぜひご覧下さい。


2017年6月26日月曜日

徒歩から見る通学路(LC16台 石丸堅一朗 さん)

 今年度第1回目の学生記事をお届けします。文化学科2年生の石丸堅一朗さんが日常のなかで新しいパースペクティブを獲得する面白さを描き出してくれています。



徒歩から見る通学路
LC16台 石丸堅一朗

 2016年3月、私は1台の自転車を買ったはずだった。アメリカの西海岸出身の彼は、整備などされていない浜辺を走るための丈夫で大きな車輪を抱え、それでいてどこか控えめな濃いグレーを身に纏っていた。彼は当然のような顔をして、今まで私がサドルを跨いで以来、幾度となく握り続けてきたその場所に、ブレーキを携えていなかった。どうやら、ペダルを後ろに漕ぐことでブレーキ機能が働く仕組みらしい。中高6年間、汚いママチャリを乗り回してきた私にとって、まさに運命の出会いであり、ひとめぼれだった。それからというもの、彼とはいろいろな場所に出かけた。毎日の通学はもちろん、少し遠いスーパーやコンビニまで買い物に行ったり、近くの神社を巡ったりした。しかし、いつからだろうか。大好きな浜辺の景色を見せてやれぬまま、彼の姿を見る機会は徐々に少なくなっていき、現在では、自分の名前が呼ばれるのを待ちながら、ひたすらベンチを温め続ける代打要員の如く、アパート裏の駐輪場に常に待機している状態である。梅雨の雨に嫌気がさしたからか、冬の寒さをしのぐためにポケットに手を入れておきたかったからか、はたまた眠い目をこすりながら整えた髪型が、向かい風で台無しになってしまったからか。乗らなくなった原因なんて、自分でもよく覚えていない。ただ一つ言えることは、歩きながら眺める通学路には、これまでとは違う景色が広がっていたということだ。

  毎朝家を出て、ほんの数十秒歩くと、「すき家」が見えてくる。さらにそこから進むと「マクドナルド」「ガスト」「城南消防署」「ローソン」「マックスバリュ」が建ち並んでいる。それぞれ形が違うものの、24時間体制であることに変わりはない。

 私が寝ている間にも、誰かがそこでは働いていて、誰かがそこを利用している。私が通学しているときにも、誰かがそこでレジを打っていて、誰かがそこでコーヒーを飲んでいる。自転車に乗って通学する私には、愚かなことにそれに気づく力が無かった。当然のように横を素通りし、気づくことや考えることを放棄していた。しかし徒歩という選択をした今、様々なものに注意が向くようになった。店のガラス越しに見えるおじいさんは、毎日同じ席に座って、何かを飲みながら新聞を読んでいる。老眼なのだろう、新聞を近づけたり離したり、今度は自分の顔を近づけたり離したり、忙しそうだ。たまにペンを握って何かを書き込んでいる。何を書いているんだろう。毎朝何時からそこに座っているのだろう。朝早くから消防車や救急車の車両整備をしている消防士の人たちは、昨夜はどこかに出動したのだろうか。ちゃんと眠れているのかな。自転車で通り過ぎていた場所を、歩いて通り過ぎる。2秒で通り過ぎていた場所を、10秒かけて通り過ぎる。僅かな時間の違いだけれど、この時間が新しい発見を生む。様々な人、しぐさ、表情に気づく。新たな疑問や感情が生まれる。これが、徒歩だから見ることのできた景色。

 次に注目してみるのは、「西の堤池公園」。片江方面から通学する学生なら、知っている人も多いのではないだろうか。この公園は真ん中に大きな池があって、それを囲むようにして遊歩道が敷かれている(正式名称は、〈健康さわやかロード〉らしい)。この遊歩道を半分くらい進めば、福岡大学のすぐ近くの市民センターや城南図書館へとつながるようになっていて、実際にはそこまで変わらないのだろうが、体感的には近道をしたような錯覚を味わうことができるうえに、健康さわやかになれるというまさに一石二鳥の魔法ルートである。

 とはいえ私も、この健康さわやかロードの虜となったのは徒歩通学を始めてからで、自転車で通学しているときは1度も通ったことは無かった。なぜならば、健康さわやかロードの入り口には「この健康さわやかロードには自転車では侵入してはならない」風の注意書きや看板が設置されていて、なぜか私はこの言葉に「この先、日本国憲法は通用せず」という文言に抱く恐怖に似たものを感じていたからである。しかし、そんな中でも勇者は結構存在しているもので、大学生に限らず、小学生、会社員、主婦、翁と幅広い層の勇者が自転車に跨って健康さわやかロードを疾走していることも事実である。また、健康さわやかロードは、ランニングやジョギングをしている人や保育園生が集団でお散歩をしていたりと1日中賑わっていることが多いので、その中を変化球ブレーキ持ちの彼と共に進んでいく勇気が無かったのも、事実である。

前置きが非常に長くなってしまったが、この健康さわやかロードを利用して通学したい場合に、健康さわやかロード初心者が陥りやすいミスを今回はここに記しておきたいと思う。問題となってくるのは「時間」だ。福大に通う学生の中でも、1限から授業が入っている学生は多いだろう。だがその寝ぼけたままの思考でこの健康さわやかロードに足を踏み入れることは許されない。それは何故か。健康さわやかロードの中腹に存在する、福大へと抜けるために通らなければならない関所が開くのは「午前9時」だ。何の因果であろうか。1限の始まる時刻も「午前9時」。つまり、1限へと向かうためにこの健康さわやかロードに足を踏み入れた場合、その先に待っているのはベルリンの壁の如く立ちはだかる、固く施錠された門だけだ。このベルリンの壁は、私の健康さわやかロードデビュー日にも無情にも立ちはだかった。そびえたつベルリンの壁を前に、私は茫然と立ち尽くしているだけだった。時計は8時40分。引き返すしか策は無い。引き返すだけならいい。1限には余裕で間に合うだろう。しかし引き返した先で私を待ち受けるのは、正規ルートで通学中の多くの学生であった。その学生たちが健康さわやかロード勢でなければ何も問題はないのだが、その学生らの中に生粋の健康さわやかロード勢がいたとしたら、私の愚行はすぐさま露呈し、心の中で嘲笑されていたに違いない。この事件はまさに、「健康さわやかロード」という無駄な共通点が生み出した負の遺産であろう。この事件以来、私は正規ルートと健康さわやかロードの2つを巧みに使い分けながら通学するようにまで成長している。

 つい先日、1限へと向かう私は、健康さわやかロードをこちら向きに歩いてくる何かが見えた気がした。私は気づかないフリをして、静かに正規ルートへと足を踏み出した。

 自転車に乗っているから見えるもの、バスに乗っていたから気づいたこと。人が何かを気づき、感じる瞬間は人それぞれだ。私の場合は、それが徒歩であった。様々なモノに気づき、感じ、新しい発見をした。次の発見は、意外にもあなたのすぐ足元に転がっているのかもしれない。

2017年6月25日日曜日

領域別研究チーム「善と悪に関する思想的研究」研究会のご案内



領域別研究チーム「善と悪に関する思想的研究」研究会のご案内

 私たち教員は分野に応じていくつかの「研究チーム」を運営しています。お互いの研究などを持ち寄って、発表したり討議したりすることは、研究活動を進めていく上でとてもよい刺激になっています。
 下記の研究チーム発表会を開催いたしますので、学生の皆さんもふるってご参加下さい。今回は倫理学の林先生のご発表です。普段の授業での「教員としての顔」とは違う、「研究者としての顔」を見られるチャンスかもしれません。

 文化学科の皆さんは参加自由です。参加したからと言って発言の強制などもありませんので、お気軽に聴講してください。

「善と悪に関する思想的研究」研究チーム代表 平井靖史



領域別研究チーム「善と悪に関する思想的研究」
平成29年度 第2回研究会

・日時:7月5日(水)、16:30-18:00
・場所:A612 教室
・提題者:林誓雄先生
・題目:「倫理と共感」

2017年6月24日土曜日

LC哲学カフェ開催のお知らせ

今年度第三回目の哲学カフェ、詳細が決まりました。

 【LC哲学カフェ】
 娘よ、ギリシアのためにおまえを生贄に?――ギリシア神話で哲学する

 日時 7月10日(月)16:30-18:00
 場所 A706教室

今まで主にマンガ作品を取り上げてきましたが、今回ははじめての試みとして、ギリシア神話を。取り上げるのは、アガメムノーンが戦争のために娘のイーピゲネイアを生贄にする、というエピソード。

いつものように、参加者の自己紹介は行いませんし、無理に発言する必要もありません。途中入室、途中退室も自由。ちょっとだけ見物してみてすぐに退室、でも構いません。

そろそろ定期試験が気になり始める七月上旬、少しだけ現実逃避して、ギリシア神話と哲学で息抜きを。

エピソード解説
舞台は、トロイア戦争開戦直前の港アウリス。この港に、ギリシア側の軍勢が集結。総大将アガメムノーンが艦隊を出撃させようとするものの、しかし彼が女神アルテミスを怒らせてしまっていたため、女神の妨害で出港できない。予言者によれば、アガメムノーンの娘イーピゲネイアを生贄として捧げない限り、艦隊の出港は不可能。アガメムノーンは苦悩しつつ、娘を生贄に捧げるしかない、と決意。英雄アキレウスと結婚させると嘘をついて娘を呼び出し、彼女を生贄に捧げる……。

LC哲学カフェ開催:愛情の搾取?――『逃げ恥』から考える家族

すっかり報告が遅くなってしまいましたが、6月12日(月)の夕方、今年度第二回目のLC哲学カフェが開催されました。

前回のビブリオバトルから一転、今回は通常の哲学カフェ形式。参加者は学生諸氏や卒業生などが約10名、教員が2名。懐かしい顔を交えつつ、宮野真生子先生が進行役となって、議論がスタート。

今回の素材は、海野つなみのマンガ、『逃げるは恥だが役に立つ』。カフェのタイトルにある「愛情の搾取」という言葉はドラマ版にのみ登場するもので、原作では「やりがいの搾取」。お金を払わずに「好きな人の面倒を見るのがやりがいでしょ」と言って家事労働をさせるのは「やりがいの搾取」なので、ちゃんとお給料を払うべき……?


家事には終わりがない、どこまでやったらよいかの基準が難しい、などの話も飛び交いつつ、議論のメインは家族の問題へ。「家族」という言葉でイメージするものは? 厄介、切っても切れない、温かい……?

子供がいる/いないが家族の基準? いや、今や「ファミリー」という言葉は、親子の関係だけを表すものではない。あるファンたちのサークルが「ファミリー」と呼ばれることもある。ファン同士の強い絆もまた家族? ただし、このサークルからは簡単に抜けられるが、血縁関係の家族から抜けるのは難しい……。

自分の親のいる実家と、自分の子供のいる家族との区別。二つを合わせて一つの家族ではなく、二つの家族を持っている、という感覚。ところで、ペットは家族? 家族。知っていることが増えていくたびに、どんどん家族になっていく、という感覚。

結婚せずに独りでいるのはよい、悪い? 他者との関係性に巻きこまれること、不自由であることの重要性……? しかし、やはり独りは快適。20年後には、結婚することが当たり前でなくなる? あるいは、極端な二極化? 地域による違い、「家」意識の有無、家族経営で仕事をしている場合、等々。

家族と家庭は違う? パートナーや子供と一緒に暮らしている場が家庭で、離れてもつながっているのが家族? 子供が生まれることで、家族から家庭へ? 子供に限らず、一緒に何かを育てることで、パートナーとの関係が変わる? 小学校のクラスでうさぎを育てる経験や、仲間と一緒にアート作品を作り上げる経験もまた、何らかの家族/家庭を生み出す……?

では、どの時点から家族になるのか。夫婦二人だけではまだ家族ではない? 親一人と子一人でも、二人だけでは家族の「族」という感じに欠ける? 人数にかかわらず、長い時間と経験を共有することで家族になる? つまり、何かを共有していることが必要……?


その他、一般的な家族のイメージ、福山雅治主演の映画や歌の歌詞、「家庭的」という言葉が男性について言われる場合と女性について言われる場合との違い、「お財布一緒」問題、等々について議論。話が収束する気配の全く見られないまま、チャイムと共に強制的に終了。しかし終了後の教室でも、しばらく立ち話が続いたのでした。

私が今回感じたのは、家族については個々人のイメージがかなり固定されていて、なかなか自分の家族観から距離をとることができない、ということでした。それは決して悪いことではないにせよ、もしあえて距離をとって客観的に考えてみようとするならば、例えば、映画や小説、マンガやアニメ、音楽の歌詞などに見られる家族像を分析してみる、という手段が有効かもしれません。すでに多くの先行研究もありそうですが、ぜひ、誰かチャレンジを。

さて、次回は7月10日(月)の開催です。今まで扱ったことのないテーマを扱ってみる予定。詳細については、このブログ上の告知記事を参照して下さい。