2017年11月20日月曜日

平成29年度 卒業論文発表会開催のお知らせ

下記の日程で、今年度の卒業論文発表会を開催します。

 日時 1月29日(月)13:00~16:00 ※開催時間は若干変更の可能性あり
 場所 文系センター棟15階

詳しい発表形式やプログラムなどについては、改めて後日、このブログ上で告知します。

四年生はもちろん、一年生から三年生の皆さんもぜひ会場へ足を運び、先輩方の研究成果を確認してみて下さい。

何か不明な点があれば、教務連絡委員の小笠原か本多まで。

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2017年11月18日土曜日

「時間が止まる」視覚現象の解明(LC16台 宗雲菜生さん)

 今年度12回目の学生記事をお届けします。LC16台の宗雲菜生さんが、所属している佐藤基治先生のゼミについて、自分たちで実際に行った実験の内容を中心に紹介してくれました。



「時間が止まる」視覚現象の解明


LC16台 宗雲菜生

 この記事では、佐藤基治先生のゼミについて取り上げたいと思います。

 佐藤先生のゼミでは、心理学についての理解を深めることが出来ます。

 心理学とは、人はどういった心境の時にどんな行動をするのか、身体はどう反応するのかという、心と行動、身体のメカニズムを解明していく学問です。

 その中でも佐藤先生は認知心理学を専攻されており、このゼミでは知覚、記憶、思考など人間の心的機能の研究をしています。

 ゼミでは、3人~4人で1グループを構成し、それぞれの興味のあるテーマを決めます。私たちのグループが興味を持ったのは「時間が止まる」というテーマです。「時間が止まる」現象の例として一番に挙げられるのは、ふと時計に目をやると動いているはずの秒針が普通より長い時間止まっているように感じる、というものです。これは「クロノスタシス(Chronostasis)」という錯覚現象で、対象から対象へ素早く視点を動かす「サッケード(Saccade)」という眼球運動が関係しているそうです。このテーマの研究をしようと決めた理由は、私も秒針が長い時間止まって見えた経験があり、その現象には心理的なわけがあるということに驚き、興味を待ち、それを知りたいと思ったからです。テーマが決まると、それを実験するにあたって、どのような背景があるのか、実験の目的は何か、どのような実験を行うのか、結果の処理の方法はどうするのか、そしてどのような結果が予測されるのかを、スライドにまとめ発表します。他のグループに発表を聞いてもらい、質問を受けたり、疑問点を聞いたりアドバイスをもらうなどして、研究のやり方を見直し、改善します。

 私たちのグループの実験は、被験者に、モニターの左上にあるX印を見ていてもらいます。数秒後にモニターの右下に「0」の数字が表示されます。表示された瞬間にサッケードをして「0」を見てもらい、「0」から「1」「2」「3」「4」とカウントアップされていく数字を見てもらうというものです。「1」「2」「3」「4」の数字が切り替わる間隔はぴったり1秒なのですが、「0」から「1」の間隔は0.8秒から1.2秒と様々なパターンを作りました。そして「0」から「1」の間隔が他の数字の間隔と比べて短いか、同じか、長いかを識別してもらいました。その結果、「0」から「1」の間隔を他の数字と同じ1秒にしたとき、1秒より長く感じている人が50%いました。なぜこのように実際より長く感じてしまうのかというと、対象から対象へと視点を移している間の風景は、私たちの脳内では無視しているため、視点を動かしている間にカウントされている数字を見てもそれを理解するのが遅れ、時間を普通より長く感じるそうです。

研究室ではパソコンなども使えます

 このようにして、このゼミでは、グループで考え、意見を出し合い、まとめて、1つのテーマについて理解を深めることが出来ます。そして、佐藤先生は、私たちの研究にとても協力的で様々な資料を用意してくださったり、心理学の研究室を開放してくださいます。そのため授業が無い時や、少し時間が空いたときなどには研究室で勉強をするなど有意義な時間を過ごすことが出来ます。また、研究に関係すること以外にも、佐藤先生から心理学に関する色々なお話を伺うことが出来ます。親しみやすい環境で心理学の学習・実験に携わることができるのが、佐藤先生のゼミの特徴であると思います。

空いた時間は課題などが出来ます

 私たちは日常の中で、心理的な現象を度々経験しています。それは、私たちが意識していないうちに起きているものもあれば、経験した後に不思議に思うことなど様々です。それらの身近な現象の原因は、心理学の実験をしてみなければければわからないので、興味がある方はぜひ文化学科の佐藤ゼミで認知心理学を専攻してみませんか。

2017年11月10日金曜日

私の空きコマの過ごし方―中央図書館の有効活用(LC16台 鍋島明莉さん)

 今年度11回目の学生記事をお届けします。LC16台の鍋島明莉さんが、中央図書館の有効活用法を紹介してくれました。



私の空きコマの過ごし方―中央図書館の有効活用


LC16台 鍋島明莉

 みなさんこんにちは! 文化学科2年生の鍋島です。私はこの1年余りの学生生活で学んだ、空きコマの有効活用の仕方について、まとめたいと思います。

 空きコマとは何でしょうか? 大学生は、時間割が決められている高校生までとは違い、自分で受けたい授業を決めて時間割を作成しています。その中で例えば1限と3限が授業で2限は授業が入っていないなどといった日があります。その2限の時間が空きコマになります。1週間の中で空きコマはたくさんあります。ここで授業が無いからといってぼんやり過ごすのではなく、福岡大学の広大な敷地の中にある便利な施設を使った有効な過ごし方について述べたいと思います。

 今回私は、中央図書館を使った空きコマ利用の仕方を紹介します。


 

 2012年7月に開館した新中央図書館は、大学の中央に位置しており、蔵所数は約126万冊を数え、収容能力の高い自動書庫を備えた西日本有数の大学図書館です。中央図書館は、空きコマを利用して一人で黙々と勉強したいときに、おススメの場所です。このように薦める理由は、勉強するスペースが学内で一番多くあるからです。学生が約2万人いる福岡大学ですが、定期試験前の混雑時でも学習机を確保できます。館内は、とても静かで温度も快適に設定されているため、本当に集中して勉強することが出来ます。私はよくここで、授業の予習や復習、宿題、各種の検定の勉強などをしています。


 また、図書館は一人で勉強する場所だけでなく、友達と教え合いながらの勉強や少人数で話し合いができるスペース(ラーニング・コモンズ)もあります。ここではゼミなどで発表の下準備などをしている人をよく見かけます。こちらのスペースでは声を出しても、一人で勉強をする人がいるスペースと少し離れているので邪魔になることはありません。


 図書館にはDVDを見ることが出来るコーナーもあります。勉強で疲れた頭を一旦リラックスさせたいときや気分転換をしたいときに利用してみてはいかがでしょうか? スタジオジブリなど有名な作品もたくさんそろっています。もちろん図書館ですので本を読むことも空きコマの有効な使い方だと思います。

 また、アルバイトをしている人は、アルバイトが終わって、夜に帰宅した後で勉強をする気分になれないことも多いかもしれません。実際に私もそのように思う日は沢山あります。しかし、私は空きコマを利用してその日の復習、次の日の予習を終わらせているため、夜更かしせずに規則正しく就寝し、翌日に頭がきちんと働いた状態で授業に臨むことができています。また、秘書検定が近い時期には、図書館を利用して勉強をしていました。他のどの場所でやるよりも集中することができましたので、無事に合格できました! 皆さんも、ぜひ空きコマを有効活用して、大学生活を充実させましょう!

2017年10月16日月曜日

エデンの園における死と永遠の命 -創世記二章四節B-3章24節の再検討-(LC15台 田中俊太朗さん)

 今年度10回目の学生記事をお届けします。LC15台の田中俊太朗さんが、6月7日に開催された、領域別研究チーム「善と悪に関する思想的研究」の研究会への参加体験記を寄稿してくれました。



エデンの園における死と永遠の命

-創世記二章四節B-3章24節の再検討-

LC15台 田中俊太朗

 6月7日、A棟612号教室はジメジメとした梅雨の熱気とはまた別の、静かな情熱に包まれていました。何故なら、今年初の領域別研究チーム「善と悪に関する思想的研究」による研究会が開かれていたからです。

 領域別研究チームとはその名の通り、先生方がそれぞれの研究分野に応じて作られた研究チームの事を指し、より深い研究へのきっかけとなる可能性を探る為、研究や関心事を持ち合い、討議や発表を通して交流する事を目的としています。

 そして今年初めての交流会が小笠原史樹先生の研究をテーマとして行われたのでした。

 皆さんは旧約聖書を読んだ事があるでしょうか?日本では余り馴染無いこの書は、キリスト教圏であるヨーロッパでは、重要な書物として西洋文化圏で1,2を争うほど有名なものです。そんな重要な本である旧約聖書は「創世期」という物語から始まります。世界を7日間で作った唯一神が、罪を犯した人間を楽園から追放するお話……それが創世期のあらすじです。

 今回小笠原先生が着目したのは、そんな創世期の中で「エデンの物語」と呼ばれる部分……蛇に騙された人間が禁断の果実を食べ、楽園を追放される……の謎に迫ったものです。

 エデンの物語に隠された「謎」、それは「どの様な死生観によって人は死ぬ定めになったのか」というものです。

 神が何故アダムを楽園から追放したのか、という疑問には2つの答えが比較的簡単に、矛盾しない領域で出ます。

 1つはアダムが神の命令に背き、善悪の知識の木からとって食べたため、罰として追放された、というもの。

 2つ目は、アダムが命の木からも取って食べて永遠の命を得てしまう事を防ぐ為、アダムを追放して命の木から遠ざけた、というものです。

では、死生観に置き換えるとどうでしょうか?

 1つ目は「死は、アダムの命令違反への罰である」つまり、人間が死ぬ事に否定的で、永遠の命に肯定的です。

 ですが、2つ目に目を向けると「人間は永遠に生きるべきではない」……人間が死ぬ定めにある事に肯定的で、永遠の命に対して否定的と取れてしまうのです。

 この矛盾に対して、どの様な解答があり得るのか、小笠原先生があらかじめ用意していた3つの解答を超えて、様々な角度から議論が出ました。

 禁断の果実を食べた事で、「生」という概念を得たのではないか、もっと単純に時の権力者に合わせた形で成立していただけではないのか、そもそもエデンは実際にある場所として扱われていたのか……様々な論点が時に脱線し、合流し、そこからまた別の解釈を試みる様は文化学科だからこそ成立するものだったと、僕は感じます。

 6時と言う時間の制限が来て、惜しまれながらその日は解散となりました。この日行った充実した議論は、間違いなく僕の糧になる。そんな確信と共に、僕は帰路に着きました。

2017年10月6日金曜日

文化学科のお昼ごはん事情(LC16台 丸山ひまわりさん)

 今年度9回目の学生記事をお届けします。学生のみなさんは、どんなランチタイムを過ごしているのか?福大の学食はどんな感じなのか?LC16台の丸山ひまわりさんが「文化学科のお昼ご飯事情」というタイトルで楽しいお昼の時間の様子を紹介してくれました。



学生文化学科のお昼ごはん事情
LC16台 丸山ひまわり

 こんにちは。文化学科2年の丸山ひまわりです。

 大学生になって自由に使える時間が増えたので、よく友達と美味しいものを食べに行くようになりました。食べるって幸せですよね!ということで、私はアンケートをもとに、文化学科のお昼ごはん事情を紹介していこうと思います。

 文化学科2年生のLINEグループ(93人)で、WEBアンケートへの協力を呼びかけたところ、63人(67.7%)が回答してくれました。このLINEグループには、文化学科2年生(98人)のほとんどが参加しています。

Q1.「学校でお昼に、なにをよく食べてる?」の回答は、




 手作りお弁当    15人(23.8%)
 買ったお弁当or学食 48人(76.2%)

 「一人暮らしでお弁当を作るのは、相当な負担になるから。」「大学生になって、親にお弁当を作ってもらうことがなくなった。」という人たちが多く、8割近い人が、買ったお弁当や学食を食べるという結果になりました。学内には、ボリューム満点の学食や、リーズナブルな売店がたくさんあるので利用者がとても多いです。

Q2.「お昼ごはん、どこで食べる?」





 1位は教室でした!

 学食は、お昼すごく混むので、授業が終わるとそのまま教室で食べたりします。
 同じ授業の人たちとわいわい食べるのがすごく楽しいです!

 2年生になって専門教科が増えて、文化学科の人たちとさらに仲が深まり、毎日学校がすごく楽しいです!文化学科は1学年100人もいないので、雰囲気がアットホームです!

A棟7階の教室
天気のいい日には、外でたべてみるのもおススメです♪

 福大おすすめ食堂ランキング TOP3は、

  1位 ひだまり
  2位 オアシス
  3位 第2食堂

でした!!!

 文系の学生は、理系の棟の近くの食堂は、あまり使わないので、このような結果になりました。
ひだまりは図書館の横にあって、落ち着いた雰囲気のあるおしゃれな食堂です♪

 日替わりランチからパン、売店まであります。福大メロンパンは、ひだまりの名物です!お昼はすごく混みます!ですが、お昼の時間帯以外は勉強したり、楽しくお菓子を食べながら雑談したり、ゆったりとした空間です☆

「木曜日の3限は空きコマなので、すいている時間に利用しています!」

 このように人それぞれ福大でお昼を楽しく過ごしています♪

 皆さんも福岡大学にきたら、楽しいお昼が待っていますよ~!!!

2017年10月1日日曜日

主語と述語(小林信行先生)

 平成29年度第10回目の「教員記事」をお届けします。哲学の小林信行先生です。今回は、主語と述語をテーマとして、日本語、外国語を問わず難しくてわからない文章があるとき、主語となるものと述語となるものを明らかにすることで理解に近づけること、それどころか自分の生きている世界までも見えてくることをお話しいただいています。



主語と述語
   
     小林信行(哲学

 古典ギリシア語テキストの例題に「知識は魂の食べ物」という文がある。私はこれを「ことばはこころの養い」と解釈したい。ことばはわれわれの日常的な体験に勝るとも劣らない貴重な情報源である。子供の頃には理解できなかったことばが理解できるようになったとき、われわれはおとなのこころをもつようになる、つまりおとなになるわけだ。それが具体的にどのようなことなのかをここで少し特殊な形で説明し、ついでに語学(単に外国語ばかりではなく自分が幼少期から用いている言語もふくめて)の勧めをしてみたい。

 日本語であれ外国語であれ、相手が何を言っているのか理解できない、書かれていることが難しくて分からない、という経験は誰しももつのだが、何故それが難しいのか、理解できないのか、という問題に取り組むことは面倒なもので、つい敬遠しがちとなる。ましてや国語辞書や外国語辞書を引いても分からないとなると大抵のひとは音を上げてしまって他人に頼るか、最悪の場合はその努力すら放棄してしまうものだ。その状況を、ここではそのひとが物事を理解する自分流のフォーマットの限界に直面しているケースとして考えたい。簡単に言えば、それまではなんとなくやってこれたのに、そのやり方が通用しない状況に陥っていると考えてみたい。

Types
 そのときひとの直面する壁は困難の塊である。それを塊であるというのは、まだ分節化されていないという意味である。漠然とした塊に圧倒されて、それがどのような組成をもっているかに思いが及ばないのである。そのようなときまずはアリストテレスが『カテゴリー論』という論理学(そして合理性)の出発点となる書物の中で示してくれるヒントに従ってみることをすすめたい。問題となる塊(いまはなんらかの文章としておく)の主人公(その文の主題となるもの、つまり主語となるもの)とその記述(主語を説明するもの、つまり述語となるもの)を確認すること、これが問題の塊を分節化するための基本的フォーマットである。もしこのフォーマットがなければ、たとえばどこかに山があっても、それが美しいとか高いということさえわれわれには分からない。ただ自分がどこかへ行こうとするときにいつも行く手を阻むような抵抗勢力としてとどまるだけだろう。その山が高いのであれば克服もしよう、その山が美しいであれば愛しもしよう。そのときその山はわれわれの世界の中に入ってきているのだから。

 何語であれ、このように主語となるものと述語となるものを明らかにするだけでもずいぶん風通しがよくなるものだ。それどころか自分の生きている世界までも見えてくる。それほど主語と述語という考え方は重要であり、あとはほとんどその仕組みの組み立て方と周辺部の飾りなのだ。しかしこの基本フォーマットは習得・訓練の対象であり、簡単なのように見えて根気強い慣れが必要なのだ。というのも、主語と述語くらい簡単に分かると思えるが意外とその組み合わせがうまく理解できないことが多いからだ。人間はおとなになるにつれてその組み合わせ方に訓練を積んでいくものだ。基本的なフォーマットの中で多種多様な組み合わせがこの世界を作っていることをおとななら知っている。そしておとなはそれを食べてこころの養いとしている。単に語彙の豊富さだけがおとなのしるしではない。


□小林先生のブログ記事

2017年9月30日土曜日

平成29年度 卒業論文相談会が開催されました

 3年生対象の、平成29年度卒業論文相談会が9月29日(金)に開催されました。今年も多くの3年生が参加しました。


 卒業論文は、自ら「テーマ」を見つけて、さまざまな証拠(統計データや実験結果、文献資料、フィールドワークデータ etc.)を示しながら、結論へと導いていく一連のクリエイティブな作業をいいます。たとえば、時間について考えたい、エッシャーという画家の作品を掘り下げたい、人工妊娠中絶の是非を考えたい、危険ドラッグ使用者の心理的特徴を明らかにしたい、なぜ多くの人がディズニーを好きなのか明らかにしたい、などなどです。

 卒業論文に取り組むということは、初めて学問の分野で何かを生み出す、創造をすることに他なりません。大学生として本当の学びの実践をすることになります。

 この相談会は、教員と3年生が一堂に会して行われます。複数の教員と話をすることで色々なヒントが得られたことでしょう。この相談会を出発点として、卒業論文のテーマと指導教員が決まっていきます。

 これから1年以上をかけて、どのような個性豊かな卒業論文が生まれてくるのか、傑作、力作を期待しています。