2017年5月29日月曜日

LC哲学カフェ開催のお知らせ

今年度第二回目の哲学カフェが、下記の通り、開催されます。

 【LC哲学カフェ】
 愛情の搾取?――『逃げ恥』から考える家族

 日時 6月12日(月)16:30-18:00
 場所 A706教室

前回の特別企画から一転、今回は通常の哲学カフェを。

テーマは「家族」、取り上げる作品は『逃げるは恥だが役に立つ』。海野つなみのマンガ作品で、昨年ドラマ化もされて話題になりました。

いつも通り、参加者の自己紹介は行いませんし、無理に発言する必要もありません。途中入室、途中退室も自由。ちょっとだけ見物してみてすぐに退室、でも構いません。

ちなみに、前期の月曜4限は「応用倫理学」の授業。今年度の「応用倫理学」はオムニバス形式で、ちょうどこの日は、性愛の問題に関する共同討議の回。授業では同性婚などについて議論される予定なので、時間の空いている人には、まず4限の「応用倫理学」に参加し(A606)、続けて哲学カフェへ(A706)、というコースもおすすめです。

祝日のない六月の半ば、気忙しい日常から少し離れて、軽い哲学談義のひとときを。

2017年5月22日月曜日

平成29年度 卒業論文題目届の提出について

「卒業論文」を登録している四年生は、卒業論文の題目届を以下の要領で提出して下さい。

1.題目届の入手、記入について

【入手方法】
・FUポータルのお知らせ「卒業論文・卒業研究 題目届の配布、提出について」の添付ファイルから題目届をダウンロードし、A4・横向きで印刷して下さい。

【入手期間】
・6月1日(木)9時~6月30日(金)16時30分

【記入要領】
・黒のペンまたはボールペンを使用すること。鉛筆書きは不可。
・指導教員の署名・捺印を必ず得ること。

2.題目届の提出について

【提出期間】
・6月15日(木)~6月30日(金)
※時間:平日は9時~16時30分。土曜日は正午まで。

【提出場所】
・人文学部事務室(文系センター低層棟1階)

各自、指導教員と十分に相談の上で題目を決め、上記の期間内に必ず題目届を提出して下さい。何か不明な点があれば、教務連絡委員の小笠原か本多先生まで。

2017年5月15日月曜日

「それって本当?」の心の科学(縄田健悟先生)

 平成29年度第3回目の「教員記事」をお届けします。4月に赴任された心理学の縄田健悟先生です。



「それって本当?」の心の科学
   
     縄田健悟(心理学

 4月より文化学科に新たに着任しました縄田健悟です。専門は社会心理学です。

 私はど真ん中の研究テーマは、集団間紛争とか集団暴力とかチームワークとかの集団研究なのですが、それとは別に心に関する俗説の研究に結構興味があって、色々と調べているんです。
 というわけで、今日は心理学担当として、心に関する俗説の話を少し行いたいと思います。

 人の心に関しては多くの言説が世の中に存在しています。心は誰もが持っていて、みな一家言あるわけで、誰もが心に関して好き放題、言いたい放題です。
 例えば、「手が冷たい人は心が温かい」とか「年をとるとお金に執着する」とか「耳たぶが大きい人は幸せになる」とか。

 さて、心理学にも色んな立場と専門性がありますが、多くの心理学者は実証主義の立場で研究を行っています。これは客観的な数量データを根拠として人間の心や行動を解明しようという立場です。心というのは曖昧で捉えようが無いものだからこそ、数量化してできるだけ客観的に理解しようとしているわけです。

 心理学の実証主義の目からすると、上で挙げた俗説は「実際のところどうなっているの?」「統計的な傾向が本当にある?」というのが気になってきます。
 心に関する多くの俗説は、ちゃんとデータを取って検証してみればいいんです。
 とってもシンプル。

 既に分かっている心の俗説の真偽を、いくつか紹介しましょう。

 私も実際に論文を書いた俗説としては、 “血液型性格判断”です。血液型と性格に関して、日本には広く関連性が信じられています。A型はXXな性格だ~、B型の人はXXしがちだ~といったものです。
 果たして本当でしょうか?

 心理学の実証的な論拠という視点からすると、血液型と性格は全く関連がありません。
 心理学者は繰り返し統計的に検証してきましたが、日本人でも外国人でも血液型間の一貫した性格や心理の違いは見つかっていません。
 例えば、私の論文では、日本とアメリカの約1万人のアンケートデータを分析しました。1万人もデータがあれば血液型間のわずかな差でも検出できるのですが、分析結果では68項目中65項目で差が見られず、残り3項目も統計的な誤差の範囲でした。そして、血液型で説明できる違いは0.3%以下という結果でした。これならもう違いはゼロだと言って良さそうです。

 ちなみに、星座と性格も関係ありません。イギリスとかだと星座と性格の関連は、かなり広く信じられているみたいですけどね。

 あ、ただし、生まれ月が人間に影響することはあったりします。
 といっても、これは星占いの話ではなくて、相対年齢といって、同学年内の成長差の話です。日本だと4月生まれと3月生まれで丸1歳近く成長が異なります。
 早生まれの1-3月生まれの人は、同世代よりも心身の成長が少し遅いために、スポーツでの活躍が少なく、学業成績も良くないことが多いようです。ただし、性格面の違いは研究ごとにまちまちで、まだよく分かっていません。

 もっと迷信めいたものとしては、満月の夜は出産や異常行動や犯罪が増えるとか聞いたことないですか?ところが、月の満ち欠けと人間行動や事件との間に、一貫した統計的な関連性は見つかっていないとのこと。

 もう少し社会心理学に関連した俗説も紹介しましょう。「テレビやゲームが人を暴力的にする」という俗説があります。その反対に「テレビやゲームで暴力性を発散するから、むしろ暴力の抑止になるのだ(カタルシス効果)」という説も言われます。
 真反対の予測ですが、どちらが正しいのでしょうか?

 実証研究によると、暴力的な映像視聴やゲームプレイは攻撃性を高めます。実験研究でも長期縦断調査研究でも、暴力的なゲームと攻撃性の上昇の関連は見られています。だから、前者の方が正しく、暴力性の発散を主張するカタルシス効果は間違いだということになります。

 ただし、注意すべき点として、メディアが暴力性を高めるのは、内容が暴力的な内容の場合に限られます。たとえば、ボクシングなどの格闘技番組の視聴や、銃でバンバンと相手を殺しながら進むFPSゲームが暴力内容を含むゲームが典型です。こうした内容のメディアへの接触は確かに人を暴力的にします。
 逆に、攻撃要素の無いゲーム、たとえば「おいでよどうぶつの森」や「テトリス」などでは暴力性が高まるわけではないでしょう。「テレビやゲーム=悪」という単純な悪玉論で片付けられるものではないのです。

 とまあツラツラと紹介しましたが、こんな感じで、実証主義の目からは、世の中の心の俗説は、ちゃんと検証して白黒つけるべきだと考えているわけです。

 さらに、上の話を聞くと、そこから色々と疑問が浮かんできませんか?
 じゃあ、星座や血液型ではなく風水とか筆跡なら人間心理と関連しているの?とか、インターネット利用やスマホ利用は攻撃性と関連するの?とか。もしくは、私が最初に俗説の例で挙げた「手が冷たい人は心が温かい」とか。 

 さあ、どうなっているんでしょうね。
 データ収集して検証してみないと。
 まあ、これまでの類似研究ではこうだったとか、理論的にこうなりそうだとかの予測はできますし、当然研究するなら先行研究調べから入ります。
 海外の論文まで当たってみれば既にドンピシャで検証済みの可能性もあります。

 というわけで、自分なりの仮説で調べてみたい人は卒論やゼミ研究でやりましょう。
 私のゼミや卒論指導でお待ちしています。

参考文献
【書籍】

【論文】

2017年5月9日火曜日

LC哲学カフェ開催:友情をめぐるビブリオバトル

連休明け初日の5月8日月曜日の夕方、今年度第一回目のLC哲学カフェが開催されました。

今回は新入生歓迎の特別企画として、「友情」をテーマにしたビブリオバトルを開催。参加者は学生諸氏や教員、卒業生などを合わせて十数名。残念ながら、新入生の参加者はゼロ……。とはいえ、それはそれで一興。

各発表者に与えられた時間は五分。制限時間をフルに使って、自分の選んだ作品を口頭で紹介。その後、数分の質疑応答。発表者は学生さんが四名、卒業生が一名。最後に「エキシビジョン」として、教員が一名。

今回紹介された作品は、発表の順に下記の通りです。

 1.「ニュー・シネマ・パラダイス」(映画)
 2.浅野いにお『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』(マンガ)
 3.「グッドモーニング、ベトナム」(映画)
 4.デボラ・インストール『ロボット・イン・ザ・ガーデン』(小説)
 5.村上春樹『羊をめぐる冒険』(小説)
 6.「ジーザス・クライスト=スーパースター」(映画)(投票対象外)


少年トトと映写技師アルフレード、「かどで」と「おんたん」、アメリカのクロンナウア上等兵とサイゴンの少年「ツアン」、中年男性のベンとロボットの「タング」、「ぼく」と「ねずみ」、イエスとイスカリオテのユダ――。

様々な「友情」の在り方とそれぞれの作品の魅力を伝えるべく、各発表者が奮闘。時間が足りずにプレゼンが途中で終わってしまう場合もあれば、逆に時間が余ってしまい、慌てて話題を探すケースも。

すべての発表が終了した後で、どの作品が一番観たくなったか/読みたくなったか、という基準で参加者全員が投票。開票の結果、『ロボット・イン・ザ・ガーデン』が今回の「チャンプ作品」と決まりました。

その後、残り時間で「友情」に関する議論を、少しだけ。相手の存在を望むことが愛で、その中に友情も含まれる? 利害関係が絡むと友情ではない? 皆、友人関係を「学校モデル」で考えすぎている……?

「私たち、友人だよね?」と友情を確認することの是非が問われ、「社会人になって友だちの作り方を忘れた」などの発言も飛び出す中、六時を告げるチャイムと共に終了。


というわけで、今年度の哲学カフェも無事(?)スタート。次回は6月12日、やはり月曜日の夕方に開催される予定。去年ドラマ化されて話題になった、あのマンガを題材に……?

次回の詳細については、またこのブログ上で告知します。祝日のない六月中旬、軽い哲学談義と珈琲で、ぜひ気分転換を。

2017年4月30日日曜日

孔子の爪―中江藤樹記念館を訪問して―(中村未来先生)

 平成29年度第2回目の「教員記事」をお届けします。4月に赴任された哲学の中村未来先生です。



孔子の爪―中江藤樹記念館を訪問して―
   
     中村未来(哲学

 本年度より福岡大学に参りました、中村未来です。これからどうぞ、よろしくお願いいたします。

 今年の2月、雪の降りしきる中、滋賀県高島市にある日本陽明学の祖・中江藤樹(1608~1648)の書院跡と記念館とを訪問しました。


 どちらの施設でも、スタッフの方が丁寧に解説してくださり、中江藤樹の事績とそれを支えた人々について、詳しく知ることができました。陽明学や中江藤樹についての知識は、それなりに書物で得ていますが、やはり当時使用されていた書籍や器物を目の当たりにし、実際にその土地を歩いてみると、より一層その生き様や思いが伝わってくるようでした。


 付近には、墓碑の後ろに盛土がなされた中江藤樹の儒式の墓や、関連書籍などを販売している休憩所「良知館」もあり、非常に有意義な時間を過ごすことができました。

 ただ、この参観において、一つだけとても気になることがありました。それは、記念館に展示された孔子の肖像画の爪が驚くほど長かったことです。
 これまで、あまり孔子画像の爪について気にすることはありませんでしたが、同じく山形県鶴岡市にある庄内藩校「致道館」所蔵の孔子「聖像」(下記【参考】URL参照)の爪や、玉川大学教育博物館(東京都)が所蔵している「孔夫子之像」の爪も非常に長く描かれているという特徴があることを知りました。
 孔子画像(および玉川大学所蔵の「孔夫子之像」)については、次のような解説がなされています。


上の前歯が出て、手指の爪が伸びた状態に描かれるのが図像表現上の特徴で、聖人思想家のイメージからは少々ずれる。本図は出っ歯ではないが、やはり右手親指の爪が長く描かれている。
(菅野和郞・解説、玉川大学出版部『全人』2010年9月号)


 孔子は中国古代、周王朝の権力が衰退した春秋時代末期(紀元前551年、あるいは紀元前552年)に生まれ、仁や孝、礼といった徳目を説いた思想家です。そのため、この長い爪を見ると、どうも礼儀作法からは外れた粗野な印象を受けてしまいます。
 礼拝像(仏画)の「長い爪」については、「道教的・土俗的」(井手2011)と捉えられることもあるようですが、儒家の祖と言われる孔子の爪が長いのは、一体どのように考えれば良いのでしょうか。
 この謎に向き合う時、恐らく、中国思想に少し関心をもっておられる方は、まず始めに儒家経典『孝経』にある「身体髪膚、之を父母に受く。敢て毀傷せざるは、孝の始めなり」(開宗明義章)という一文が想起されるのではないでしょうか。親から授かった体は、髪や皮膚(爪)に至るまで傷つけてはいけない、それが「孝」の始めだとされている有名な言葉です。

 また、孔子の尊崇した古代聖人・周公旦は、幼い成王が病に倒れた時、自身の爪を切り黄河に沈め、身代わりとなることを祈ったと言われています(『史記』魯周公世家、蒙恬列伝)。
 さらに、始皇帝が絶賛した法家の書『韓非子』内儲説上篇には、切った爪をわざと隠し、それを臣下に探させる韓の昭侯の話が載っています。この記事に対して、江戸時代の学者・太田方は「人主の爪は汚れた場所には捨てず」、「生きている時はそれを集めておいて(捨てず)、死して後、小袋を作ってこれを盛る」のだと解説しています(『韓非子翼毳』内儲説上篇)。このことから、少なくとも爪には、古代より自身の体の一部であるという認識が強く含まれており、それが親との繋がり(孝)や体の一部を用いて行う呪術的な儀式などへと展開していったのであろうことを窺うことができます。

 ただし、南宋の学者・朱子は、書院で孔子を祭る際、塑像を造る必要はなく、その時々に臨んで席を設ければよいと述べています(『朱子語類』巻3)。ここには、大切なのは「像」ではなく、その「気」の同調性だと説く朱子の主張が込められていると考えられます。
 なるほど、そうであれば、孔子像の爪が長いことを現代的な感覚で不気味に思うことと同じくらい、儒家的だ儒家的でない等と古代思想史の知識だけで論ずるのは危険であるし、ナンセンスなのかもしれません。この謎は謎のまま、もう少し楽しみたいと思います。


【参考】
庄内藩校致道館HP(2017年4月30日確認)
・菅野和郞(解説)「孔夫子之像」(玉川大学出版部『全人』742、2010年9月号、43頁)
・井手誠之輔「礼拝像における視覚表象 : 宋元仏画の場合」(『死生学研究』16、2011年10月、221頁)




LC哲学カフェ開催のお知らせ


今年度第一回目の哲学カフェ、詳細が決まりました。下記の通りです。

 【新入生歓迎特別企画】
 友情をめぐるビブリオバトル

 日時 5月8日(月)16:30-18:00
 場所 A706教室

今回は特別企画として、新しくLCに加わった一年生を歓迎すべく、上級生たちがビブリオバトルを繰り広げます。

バトルのテーマは「友情」。広い意味での「友情」に関わる小説、マンガ、映画、アニメなどから、発表者(5名程度)が好きな作品を一つ選び、5分間でプレゼン。数分の質疑を経て、次の発表者へ。すべての発表が終わった後、どの作品が一番読んでみたくなったか/観てみたくなったか、という観点から教室中の全員が投票し、「チャンプ作品」を決定。優勝者には豪華な賞品が……?

なお、参加者の自己紹介は行いませんし、無理に発言する必要もありません。途中入室、途中退室も自由。ちょっとだけ見物してみてすぐに退室、でも構いません。

特に新入生の皆さんは、ぜひ気軽にのぞいてみて下さい。ちょうど連休明けの初日で、五月病の対策にもなるはず。


ビブリオバトルの発表者は随時、募集中。興味のある人は、宮野先生か小笠原まで連絡を。

※上記二枚の写真は、昨年の12月5日に開催された「「君の名は。」で哲学する、再び」の模様です。

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2017年4月21日金曜日

平成29年度 文化学科ガイダンスゼミナール&新入生歓迎会 が開催されました

 4月15日(土)に中央図書館多目的ホールで、新入生を対象とした文化学科ガイダンスゼミナールが開催されました。本年度のテーマは「文化学科で考える<環境と人間>」。まず林誓雄先生が「地球なんて捨てて宇宙へ行こう!?—環境問題を哲学する」、藤村健一先生が「自然環境と地域性—県民性研究・風土論・地誌学の視点」と題してミニ講義をおこないました。

 林先生は講義の冒頭、「いやぁ、まだまだ地球って寒いよね、もっと温かくなってもいいよね。地球温暖化万歳じゃない?」と挑発的な態度に出ます。さらに、「そもそも、どうして私たちは地球環境を守らないといけないのだろうか。今や別の惑星をテラフォーミングすることが現実味を帯びてきているのだから、地球の環境がダメになったら、宇宙に出て、どんどん宇宙で使える星を見つけて、人類の存続を図った方がかしこいんじゃないの?」とたたみかけます。もちろん、それは学問的な挑発。そして、新入生には、この林先生の挑発的意見に、どうやって「論理的に」「正当な根拠をもって」反論するか、ということが課題として出されました。


 一方、藤村先生の講義は、最近テレビでよく見る県民性というのは、信用に値するのかという問いかけから始まりました。山陰は日照時間が少ないから、陰気な性格になりやすい、というけれど、じっさいの日照時間を調べたら・・・とマスメディアを賑わす疑似科学を暴く一面も。さらに、和辻哲郎の風土論も実証的なものではない、という指摘などもあったうえで、単に地形や気候だけでなく、地域の文化や宗教、産業や生活の様々な側面をデータに基づき多角的にみていく地理学の手法についての紹介されました。そして、新入生には日本の諸地域を地理学の手法で読み解き、そこから県民性として何が導出できるのか考えてみよう、という課題が出されました。


 新入生たちは、グループごとにこの二つの課題のいずれかが割り当てられ、3時間に及ぶグループ討議と発表準備の時間が与えられました。図書館で資料を調べたり、ひたすらに議論したり、発表の形式に悩んだり・・・あっという間に時間は過ぎます。サポートの上級生の手を借りつつ、なんとかレジュメを作り終えたのは、どのグループもほぼギリギリの時間でした。

 午後の前半は林先生の課題に当たったグループから、手書きのレジュメをスクリーンに映しながら発表をおこないました。そもそも、別の惑星をテラフォーミングするというけれど、それは一体どれくらいの時間がかかるのか、また金額はどれくらいになるのか、という実際的な問題から、地球の人すべてが移住した場合「国」という概念がなくなり、言語や文化の違いを越えて共生することには難しさがあるのではないかといった意見や、林先生がいうところの「姥捨山戦略」は対象を「モノ」のように扱っているが、地球は単なるモノなのか、という意見など。しかし、なかなか林先生にクリティカルヒットするものは出ず・・・、「人としてどうかと思う」という新入生のコメントも飛び出しました。

 休憩を挟んで後半は、藤村先生の課題を担当したグループの発表となりました。宮城・静岡・大阪・山口が取り上げられ、それぞれ地形・気候・地域の成り立ちと歴史・産業形態などが紹介され、そこから県民性を探っていくという取り組みでしたが、一口に「県」といってもかなりの広がりを持つもので、統一的な県民性を見つけ出すということなかなか難しい課題だったようです。ただ、じつはそんなに簡単に統一的な特徴など存在しないんだ、ということがわかっただけでも学術的には大きな進歩だったのではないでしょうか。

 最後の総合討議では、小笠原先生一言先生の質問が呼び水となり、新入生の皆さんから積極的な発言が飛び出し、熱いバトルが繰り広げられました。学術的な議論とは、一体どういうものなのかを少しでも垣間見てもらえたとすれば、とても嬉しいのですが、どうだったでしょうか?


 そして、ラストは新入生歓迎パーティー。一日勉強し尽くして疲れ果てた新入生の皆さまはともかくよく食べる(笑)美味しいご飯やケーキを片手に同級生や、先生たちとガイダンスゼミの感想(愚痴?)を言いつつ、笑いながら、あっという間に閉会の時間を迎えました。

 新入生のみなさんは、まさに学問の扉を開けたところです。今回のガイダンスゼミがその指針になることを祈っています。

 最後になりますが、この会を開催するにあたってサポートを担当してくれた上級生の皆さまに心より御礼申し上げます。

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