2017年8月10日木曜日

木曜日のラグナロク(小笠原史樹先生)

平成29年度第7回目の「教員記事」をお届けします。今回の執筆者は、宗教哲学の小笠原史樹先生です。



木曜日のラグナロク

小笠原史樹(宗教学

ある日、映画館で「マイティ・ソー バトルロイヤル」というハリウッド映画のチラシを手に入れた。バトルロイヤル……? ネットで検索してみると、英語の原題は“Thor:Ragnarok”(ソー:ラグナロク)。元の「ラグナロク」を日本では「バトルロイヤル」に変えたらしい。

ソー(トール、ソール)は北欧神話に登場する神々の一人で、最高神であるオーディンの息子。ミョルニルというハンマーの使い手で雷を司り、最強の戦士として巨人や怪物たちと戦う。このソーを題材にした映画が「マイティ・ソー」で、「バトルロイヤル」はこのシリーズの第三作目にあたる。

ラグナロクも北欧神話の用語で、元々の意味は「神々の運命」。「黄昏」の意味を持つ言葉と混同されて、「神々の黄昏」と呼ばれることもある。神々を待つ運命とは、神々と巨人たちとの間で最後の戦いが行われる、ということ。つまりラグナロクとは、そのような最終戦争を指す言葉である。

夏が一度も来ないままに冬が三年間続くと、ラグナロクの兆しとされる。世界中で戦乱が起こり、狼たちが太陽を飲みこんで月を傷つける。大地が震えて山は崩れ、フェンリルという巨大な狼の鎖が解かれる。フェンリルは口を開けて突進するが、その上あごは天に届き、下あごは大地についている。ヨルムンガンドという巨大な蛇(ミッドガルド蛇)も海から這い上がり、フェンリルや巨人たちと共に、神々の住む世界へ殺到する。それに気づいた番人ヘイムダルが角笛を吹き鳴らし、オーディンは軍勢を招集して巨人たちに立ち向かう――。

ラグナロクでソーの戦う相手はヨルムンガンドと決まっており、すでにその勝敗も決まっている。オーディンはフェンリルと戦い、ヘイムダルはロキ(神々の一員にして巨人の子であり、フェンリルとヨルムンガンドの父親)と戦う。映画でこれらの戦いが描かれるとは限らないが、少なくとも「ラグナロク」というサブタイトルは、以上のような一連の物語を含意している。

ところで、今日はちょうど木曜日。木曜日を意味する英語の“Thursday”はソーに由来する、と言われる。つまり、木曜日は「ソーの日」。ちなみに、水曜日の“Wednesday”は「オーディンの日」。非日常的なハリウッド映画の中に留まらず、身の回りの一つ一つの言葉の背後にも、遠い異国の神話世界が広がっていたりする。神話の知識を少し手に入れるだけで、映画の楽しみ方も日常の見え方も変わる。

……と、いくら北欧に思いを馳せてみても一向に涼しさは感じられず、それもそのはず、ラグナロクには炎の巨人スルトも参戦しているのだった。

酷暑の日々、ラグナロクの到来はまだしばらく先のようである。


参考文献
 V・G・ネッケル・他編『エッダ――古代北欧歌謡集』、谷口幸男訳、新潮社、1973年
 R・I・ペイジ『北欧の神話』、井上健訳、丸善ブックス、1994年

小笠原先生のブログ記事
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