映画から考える――おすすめ映画10選
小笠原史樹(宗教学)
講義形式の授業として、共通教育科目の「宗教学A・B」、専門教育科目の「中世ヨーロッパ哲学」、「宗教哲学入門」、「応用倫理学」を担当しているが、授業の主な資料は文献で、どうしても議論が抽象的になってしまいがちなこともあり、より具体的なイメージを参加者に持ってもらうためにも、関連する映画作品をできるだけ紹介するようにしている。映画を観ることで、今まで全く無関心だったはずのことが急に頭の中を占め、考えてもみなかったことについて考えさせられる――そんな体験をしてもらえれば、という期待もある。もちろん、単に娯楽として楽しんでもらえるだけでも構わない。
古典的な名画から最新のハリウッド映画まで、紹介する作品は多岐にわたるが、何度も繰り返し名前をあげるものもある。「別の授業でも紹介したので、繰り返しになる人もいるかもしれませんが……」と前置きしてから話し始めて、しかし話している途中に、実はその授業でも紹介済みだったことを思い出して、けれども途中で止めるわけにもいかず、赤面しながら早口で話し続ける、ということもあったりする。同じ話を聴かされるのは学生さんにとっても退屈だろうし、時間を節約するためにも、予め「授業に関連する映画リスト」のようなものを用意して配布できれば良い、とは思っている。「『文化学科の学生必見の映画100選』というリストを作りたい!」とか、ゼミ生に話したこともあったような気がするが、結局、何もしていない……。
というわけで、100選には遠く及ばないものの、授業で紹介する頻度の高いものを中心に、とりあえず下記、10作品。
1.「ジーザス・クライスト=スーパースター」(1973年)
イエスが処刑されるまでの約一週間を描いたロック・ミュージカル。元々は楽曲のみがレコードで発表され、その後に舞台化、そして映画化された、という流れらしい。イエスに関する映画は多く、最近のものとしては「サン・オブ・ゴッド」(2014年)や「復活」(2016年)などがあるが、やはりこの作品が抜群に面白い。
死を前にしたイエスの苛立ちや苦悶、イエスを裏切るユダの葛藤、イエスに対するカイアファやピラトの恐れや戸惑いなどが、魅力的な音楽(イエスやユダの異様な歌唱力に圧倒される)と共に印象深く描かれていく。比較的オーソドックスなイエス像が示されている「サン・オブ・ゴッド」と見比べてみると、イエスをめぐって一体何が問題になっているのか、少しずつわかってくるはず。
2.「刑事ジョン・ブック 目撃者」(1985年)
原題は“Witness”。ハリソン・フォード主演。彼の演じる刑事が、ある事件を目撃したアーミッシュの少年を保護。犯人からの追跡を逃れて、少年の母親と共にアーミッシュの村へ、というストーリー展開。サスペンス映画としても十分に楽しめるが、アーミッシュの生活様式や思想が描かれている点が、授業との関連では重要。
アーミッシュはキリスト教の一派。主にアメリカのオハイオ州、ペンシルベニア州、インディアナ州、カナダのオンタリオ州などに居住しており、現代の文明と一線を画した伝統的な農耕・牧畜生活で知られる。電化製品を持たない、馬車で移動する、等々。この作品の中でも、アーミッシュの村に潜んでいる主人公たちを見つけ出そうとする犯人が、電話を使って捜索するように指示したところ、「アーミッシュは電話を持っていません」と聞いて驚く、という場面があったりする。
授業ではしばしば、アーミッシュの信仰として暴力や復讐が禁じられていることを取り上げるが、映画でもこの点が一つの重要なテーマになっている。2006年にアーミッシュの学校で起こった銃撃事件では、その直後のアーミッシュの人々の行動が話題になった。関連する本として、下記。
ドナルド・B・クレイビル、他『アーミッシュの赦し なぜ彼らはすぐに犯人とその家族を赦したのか』、青木玲訳、亜紀書房、2008年
3.「薔薇の名前」(1986年)
ウンベルト・エーコの小説の映画化。中世ヨーロッパ、ある修道院を訪れたバスカヴィルのウィリアム(バスカヴィル!)と従者が、そこで次々と起こる事件の謎に挑む。ウィリアムを演じるのはショーン・コネリー。一つ一つの場面が当時の文化やイメージにあふれていて、中世キリスト教の世界観を堪能できる。「笑うことは罪か?」、「イエスは笑ったのか?」という問答など、思想的に興味深い箇所も多数。
同じく中世ヨーロッパを扱った作品としては、アッシジのフランチェスコという聖人を描いた「ブラザー・サン シスター・ムーン」(1972年)があり、授業でもよく紹介している。「薔薇の名前」に漂う薄暗い雰囲気と、「ブラザー・サン シスター・ムーン」の開放的な自然描写を比較してみると、なかなか面白い。作品ごとに中世の印象が変わるはず。
4.「マルコムX」(1992年)
アメリカの活動家マルコムX(1925-1965)の伝記映画。キリスト教の平和主義に関連してキング牧師を扱う際には、一緒にマルコムXにも言及することが多い。キング牧師については幾らか知識があっても、同じときに同じ分野で活躍したマルコムXについては、名前すら聞いたことがない、という学生さんも少なくないようなので、彼について知る第一歩としてこの映画を紹介。単に知識が得られるだけでなく、映画としても傑作。マルコムX役のデンゼル・ワシントンの存在感が素晴らしく、圧巻。
非暴力のキング牧師に対し、暴力的で攻撃的なマルコムX、と二人が対比されることもあるが、この映画を観ると、マルコムXの生涯はそのような単純化になじまない、と感じられる。
5.「サイン」(2002年)
「シックス・センス」で有名なナイト・シャマラン監督のミステリ。妻の死をきっかけに牧師を辞めた主人公を、メル・ギブソンが演じている。弟や子供たちと暮らす彼の周囲で不思議なことが起こり始め、畑にミステリーサークルが出現したり、飼い犬が暴れ出したり……。ネタバレを避けるために詳しくは書かないが、この作品で表現されている「ある思想」が、授業との関連で興味深い。同様の思想は同じ監督の「レディ・イン・ザ・ウォーター」(2006年)にも見られるものの、作品としての完成度は「サイン」の方が高い、と思う。
最近のクリスチャン映画「神は死んだのか」(2014年)にも、「サイン」に似た思想を見出すことができるが、似ていながらかなり印象が異なる。両方観て、比較してみると面白いはず。おそらくポイントの一つは、排他的かどうか。
6.「キングダム・オブ・ヘブン」(2005年)
授業で十字軍を取り上げるときには、かなりの頻度でこの作品を紹介している。中世のエルサレムをめぐる戦争を題材にしており、「エイリアン」、「ブレードランナー」、「グラディエーター」などで有名なリドリー・スコットが監督。キリスト教側の人々だけではなく、イスラーム側の英雄サラディンも登場する。十字軍入門としてはもちろん、「キリスト教は平和的で、イスラームは暴力的」という一般的なイメージについて検討する材料としても有益。
7.「ルワンダの涙」(2005年)
原題は“Shooting Dogs”。1994年にアフリカのルワンダで起こった虐殺をテーマにした作品。ルワンダ虐殺を扱った映画としては「ホテル・ルワンダ」(2004年)の方が有名かもしれないが、私としてはこの作品を推したい。今年度の応用倫理学で戦争について議論したときに、他国への武力介入の問題との関連でルワンダのケースを挙げ、この作品にも言及した。元のタイトルの「犬を撃つ」は、その論点に関わっている。
ジョン・ハート演じる神父も重要。自分や周囲の人々の命が危険にさらされている状態での、神父の振舞いが印象に残る。
8.「ミュンヘン」(2005年)
パレスチナ問題などに関連して、繰り返し紹介している作品。ミュンヘンでのオリンピックで起きたテロ事件(1972年)と、そのテロに対するイスラエル諜報部の報復が描かれている。監督はスティーヴン・スピルバーグ。ミュンヘンのテロ事件などについて全く知らない、という学生さんにはぜひすすめたい作品ではあるものの、暴力表現が多いので強くはすすめにくい。終わりの見えない復讐の連鎖について、そのような暴力表現を通して否応なく考えさせられる。また、この作品に関して政治的にどのような評価があるのか、調べてみるのも勉強になるはず。
報復部隊を率いる主人公が、ある夜、身分を隠してパレスチナ人と話す場面が印象的。主人公が尋ねる、「アラブ人には他にもたくさんの土地があるじゃないか。本当にオリーブの木が恋しいのか? あの何もない土地を取り戻したいと心から思うのか? それが本当に子供たちのためになるのか?」。パレスチナ人は「それが望みだ(It absolutely is)。100年かかるかもしれないが、われわれが勝つ」と答える――。
9.「ダウト~あるカトリック学校で~」(2008年)
原題はシンプルに“Doubt”。戯曲が原作らしい。カトリック学校を舞台に、ある疑いをめぐって物語が展開していく。修道女役のメリル・ストリープ、神父役のフィリップ・シーモア・ホフマンの演技対決として観ても面白い。同様の事件を扱った最近の作品としては「スポットライト 世紀のスクープ」(2015年)がある。
宗教哲学の授業などで「信じる/疑う」というテーマを取り上げることがあり、この映画はそのような問題について考える助けになる。同じテーマについて考えさせられる作品として、SF映画の「コンタクト」(1997年)や、おそらくホラー映画に分類される「エミリー・ローズ」(2005年)もおすすめ。前者は地球外生命との「コンタクト」をめぐる物語で、後者は、悪魔祓いで亡くなった少女に関する裁判の話。ただし、後者にはホラー表現があるので、苦手な人は避けた方が無難。
10.「神々と男たち」(2010年)
1996年、アルジェリアで実際に起こった事件に基づく作品。アルジェリアの修道院を舞台に、内戦で治安の悪化した状況下、このまま留まるか帰国するかの決断を迫られる修道士たちの葛藤などが描かれる。修道院で行われる日常的な儀式、修道士たちの議論、周囲の住民たちと修道士たちの交流、徐々に迫る危険、等々。観終わった後に深い余韻の残る傑作。
授業では時々、ある修道士が『クルアーン』を引用しながらイスラームの武装組織と対話しようとする、という場面を話題にする。武装組織の側を必ずしも一面的に描いていない点にも注目。
これからの授業で上記の作品を紹介するときには、タイトルだけを挙げて、「詳しくは文化学科のブログ記事を参照して下さい」と言って済ませることができる。節約された時間を使って、授業に関連するマンガ作品を紹介することもできるだろう……しかし、やはり同じ作品を何度も紹介することになってしまうかもしれず、いずれ「マンガから考える――おすすめマンガ10選」というブログ記事を書くべきなのかもしれない。「『文化学科の学生必読のマンガ100選』を作りたい!」と、ゼミ生に話したこともあったような……?
有言実行を期し、まずは大学近辺の某レンタル店に赴いて、DVDやマンガをレンタルすることから始める。5歳のある女の子(チコちゃんではない。念のため)の言い方を借りるならば、「こいつは、いそがしくなってきやがった」――。
※上記の写真は記事の内容とあまり関係ないが、何となく。珍しく雪の降った日に、キャンパス内を撮影したもの。一枚目は2013年、二枚目は2016年、三枚目は2017年、どれも1月に撮影。
□小笠原先生のブログ記事
・真昼の悪魔
・スマホと空と攻殻機動隊
・歌詞の中の神々
・木曜日のラグナロク
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