2022年9月1日木曜日

路上観察会の報告

  「教員記事」をお届けします。今回の寄稿者は、社会学の開田奈穂美先生です。


2022年の夏学期、私が担当している文化学演習Ⅰの授業で、「なんらかの意図をもって置かれたことがわかるモノを写真に撮る」という課題を与えて、路上観察をしてもらいました。時期は7月なかば、場所は六本松駅から大濠公園にかけてのエリアです。各自のスマートフォンなどで写真を撮影してもらい、LINEのオープンチャット機能を使って参加者全員に共有してもらいました。

この路上観察では、人間ではなくモノを撮影するというのがひとつのポイントです。人間が言語やジェスチャーをつかって何らかのメッセージを発するというのはありふれたことですが、モノもまたメッセージを発することが可能です。よくよく見れば、街中には様々なやり方で人間の行為を制限したり、逆にある行為を促したりするモノであふれています。実際に受講生が撮影した写真を示しながらその例を見てみましょう。

言語や図を使って行動を制限する

(写真1)
一番わかりやすいのは、立て看板やポスターなど、言語やグラフィックシンボルをつかって「〇〇禁止」というメッセージを伝えているものです。立ち入りや通り抜け、喫煙など特定の行為を禁止するためのものが多いです。


(写真2)
街中でよくみられる三角コーンや車止めは、言語を使っているものも使っていないものもありますが、これも立ち入りや駐車・駐輪を禁止するものとして理解される定番アイテムになっています。これらは目印であるとともに、物理的に場所を塞いでそこに別のモノをおくことを制限しています。

言語を使わずにさりげなくうながす
(写真3)
それではこちらの写真の左側2枚はどうでしょうか。私有地の境界に置かれた手すりと花壇です。これらは三角コーンや立て看板のような明らかな禁止のメッセージに見えるものではないですが、いずれもさりげなく人が立ち入ったりモノを置いたりすることをためらわせる機能を持っていますし、おそらくそうした意図をもって置かれているのでしょう。逆に、右側の赤いマットですが、これが店舗前に置かれているということは、店が開いていて、ここが入口であるということを理解可能にしています。それぞれ、入ってはいけないというメッセージと、入ってくださいというメッセージを伝えているのです。


(写真4)
さらにこちらの写真になるとどうでしょうか。重石やコンクリートのオブジェを置くことによって、やはりはっきりと言語で示してはいないものの、ここに人が立ち入ったりすることを禁止したいのだということがわかってきます。普段意識しませんが、こういった重石は街中のいたるところで見つけられます。

ここまでで見てきた路上観察の写真は、街中での人間の行動を制限したり促したりする意図をもって置かれたモノを映していました。もう少し複雑なメッセージがモノを介してやりとりされている例も紹介しましょう。

置かれているモノから状況を察してもらう
(写真5)
塗料の一斗缶が路上に置かれています。これは唐突で、この場にふさわしくないものに見えますね。しかしよくよく見ると、路上に養生シートがかけられた上にこの缶がおかれています。養生シートはさらにその奥にまでつながっていて、塗装作業がされているのが見えます。これは工事に使う養生シートを押さえるために置かれているとともに、狭い歩道の上で、周囲にここが塗装作業中であると伝えるメッセージにもなっているのです。

落ちているモノの中から使えそうな落とし物を見分けてよけておく
(写真6)
こちらの写真は全て、誰かが落としたモノを、別の誰かが見つけて、わかりやすい場所によけておいたのだということが理解できます。帽子やタオル、ペットボトルカバーなど、道に落ちている誰かの所有物を拾って見つけやすい場所においてあげる。しかし何でもかんでも拾って目立つところに置くわけではありません。右下はボロボロの櫛や事務用クリップが落ちているのがわかる写真ですが、これらは取るに足らないものとして路上に放置されているということもわかります。路上に落ちているモノの中から、誰かが落とした使えそうなものがあれば目立つ場所に移動しておく、ということが、複数の人たちによって行われていることがうかがえます。

ゴミなのかまだ使っているモノなのか見分ける
(写真7)
この写真の左端は店舗前に置かれたワインの瓶ですが、これが飲食店のディスプレイであることは一目見てわかります。花壇にさかさまに差し込まれたペットボトルも、それが水入れとして使われていることが理解可能です。こうしたビンやペットボトルは、飲料を入れるという本来の役目は終えているため、場所が違えばただのゴミになりますし、実際にゴミとして置かれているものもあります。でもそこにあるビンやペットボトルが、現に使われているのかゴミとして捨てられているのか、観察する私たちにはすぐに理解可能です。

モノに社会を見出す
今回行った路上観察は、社会学の中でもエスノメソドロジーと呼ばれる分野の考え方を参考にしています。エスノメソドロジーでは、人々が日常的な実践のなかでどうやって秩序を形成しているのかということに着目します。路上に置かれているモノからうかがい知れるのは、「公共の場はきれいに保つ」「私有地に立ち入らない」「人の物を盗まない」などのあらかじめ与えられたルールが私たちの行動を決めているわけではないということです。今回の路上観察では、立ち入ってほしくない場所や立ち入ってほしい場所に特定のモノを置いたり、モノを置くことで作業中であることを伝えたり、人が落としたモノを見分けて目立つ場所においてあげたりといった、モノを介したコミュニケーションが発生していることがわかります。私たちはこうしたモノを見てそのメッセージを読み取り、その場においてやっていいこととやってはいけないことを都度判断しているのです。

みなさんも、「モノがメッセージを発している」という視点で街中を観察してみてください。普段私たちがどうやって争いや衝突など望ましくないことを避けて、つまり秩序だってものごとを行っているのかを理解するヒントになると思います。

参考文献:前田泰樹・水川喜文・岡田光弘編,2007『ワードマップ エスノメソドロジー——人びとの実践から学ぶ』新曜社.
写真(あいうえお順):内野凪、小田村有喜子、木原和弘、久良木梨沙、児玉結南、末廣梨奈、田中佐織、久部大樹、福川理久、三浦香乃、元満有希、山方つぐみ、渡部真衣

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