2019年7月15日月曜日

西洋美術における「アジア」のイメージ


「教員記事」をお届けします。今回は西洋近現代美術史、ドイツ美術落合桃子先生です。


 ドイツに留学していた頃、自分は「アジア人」なのだと、いつの間にか思うようになっていた。積極的な意味ではなく、消極的な意味において、である。たしかに、韓国や中国、インド、キルギスやタジキスタンなど中央アジアの国々から来た人たちとも親しくなった。しかし、ヨーロッパにおける「アジア」とは、東方に位置する地域のことであり、つまり「ヨーロッパ」の外部(東側)にいる「他者」を指す言葉なのである。だから、しばしば自虐的に「私たちはアジア人だから」などと言うようにもなっていた。
10年ほど前のヨーロッパでは、イギリスがEU離脱を決定した今とは比較にならないほどにEU加盟国間の結束が強まっており、新たな「ヨーロッパ」が模索されていた。その一方で私は、そこから排除される「アジア」とはいったい何なのかと思い巡らせていた。
 そうした中、四大陸の図像について調べてみたいと思うようになった。西洋ではヨーロッパ・アフリカ・アジア・アメリカの四大陸を主題とした絵画や彫刻が作られてきた。こうした四大陸図像の中の「アジア」に注目することで、ヨーロッパにおける「アジア」観の変化が浮かび上がるのではないかと考えたのである。
1718世紀のヨーロッパで普及した擬人像の辞典『イコノロギア』(初版1593年、1603年)を見ると、「アジア」の擬人像は香炉を持ち、ラクダとともに描かれている。17世紀末のローマ・サンティニャツィオ聖堂天井画《聖イグナティウス・デ・ロヨラの栄光》(アンドレア・ポッツォ作、1691-94年)に描かれた四大陸の寓意でも「アジア」はラクダに乗った女性として表されている(図1)。一方、ベルニーニの彫刻《4つの河の噴水》(1648-51年)やルーベンスの油彩画《楽園の4つの河》(1615年頃)のように、四大陸はそれぞれの大陸を流れる大河と結びつけられることもあり、アジアはたいていガンジス川によって表現された。18世紀の作例にドイツ・ヴュルツブルクのレジデンツ「階段の間」天井画(ティエポロ作、1752-53年)があるが、ここではアジアを表す女性像がラクダではなく象の上に乗っている。19世紀後半に制作されたカルポーの彫刻《天球を支える世界の4つの部分》(186872年、1874年)では、(本来男性の髪型である)辮髪の女性像によってアジアが表わされている(図2)。
 このように「アジア」の擬人像は、元々ラクダと共に描かれていたが、18世紀には象に乗るようになり、19世紀後半になると辮髪姿にもなっている。ラクダは西アジアに、象は中央アジア・東南アジアに主に生息する動物であり、辮髪は清代の中国に普及した髪型であるという。ここにステレオタイプや偏見が含まれることはひとまず差し置くとしても、ヨーロッパにおける「アジア」の概念が、西アジアから中央・東南アジア、そして東アジアへと次第に広がってきたことが見えてくるのである。(写真はいずれも筆者撮影)

     図1


     図2

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