2022年12月1日木曜日

河神像

「教員記事」をお届けします。今回の寄稿者は、芸術学の落合桃子先生です。


河神像

 筑後川は、利根川(坂東太郎)、吉野川(四国三郎)とともに日本三大河として知られ、筑紫二郎(次郎)と呼ばれています。堂々として勇ましく、普段は寡黙だが、実は気性が荒い、そんな九州生まれの男性がイメージされるでしょうか。

 川を人間になぞらえる、こうした擬人化は、ヨーロッパの美術でも古くから行われてきました。古代ギリシア・ローマ美術では、広く知られた川や、水の神オケアノスなどが、人間の姿で造形化されています。有名な作例に、ローマ・カピトリーニ美術館の、いわゆるマルフォリオ像(紀元1世紀)があります。
https://museicapitolini.org/en/collezioni/percorsi_per_sale/palazzo_nuovo/cortile/statua_colossale_restaurata_come_oceano_marforio(最終閲覧日2022年11月28日)


 こうした河川の擬人像は河神像(Flussgott, River God)と呼ばれ、舟を漕ぐ櫂や水甕などを手にした、横たわる男性の姿で表されるのが一般的でした。ルーヴル美術館の《テヴェレ川》(75/150年)やヴァティカン美術館の《ナイル川》(1世紀末)には、狼や双子の兄弟ロムルスとレムス、スフィンクスやワニなど、それぞれの川の特徴を示す目印(アトリビュート)も見られます。
https://collections.louvre.fr/ark:/53355/cl010278935#; https://catalogo.museivaticani.va/index.php/Detail/objects/MV.2300.0.0?lang=en_US(最終閲覧日2022年11月28日)

 古代文化の復興がなされたルネサンス以降、河神像が美術の主題として広く取り上げられるようになります。17世紀フランドルの画家ルーベンスの絵画《楽園の4つの川》(1615年頃、ウィーン美術史美術館)には、女性を伴った4人の筋骨隆々たる河神が描かれています。




 この絵はかつて《四大陸》と呼ばれていて、彼らもそれぞれヨーロッパ・アフリカ・アメリカ・アジアを流れる大河の擬人像(左上からドナウ川・ナイル川・ラプラタ川・ガンジス川)と解釈されてきました(2019年7月15日付の本ブログの記事に私もそう書いたのですが)。しかし近年ではマクグラスの説(1994年)に基づき、旧約聖書『創世記』の「楽園の4つの川」(左上からユーフラテス川・ナイル川・ガンジス川・ティグリス川)と見なすのが定説となりつつあります。画面右手前には、ワニを威嚇する雌虎が描かれていますが、虎は英語で「Tiger」で、「Tigris」すなわちティグリス川と関連しているといいます。

 河神像は、都市や庭園の噴水装飾としても好んで取り上げられました。ローマのナヴォーナ広場にある、イタリアの彫刻家ベルニーニの《4つの河の噴水》(1648-51年)では、4人の河神が表されています。


 これらの彫像は、四大陸を流れる大河の擬人像と解釈されています。この写真の中央で櫂を手にしているのがガンジス川(アジア)、その右側で顔を隠している河神がナイル川(アフリカ)、写真左でローマ教皇の紋章に手を触れている人物がドナウ川(ヨーロッパ)。そして、ここには写っていませんが、反対側に、蛇に怯えるような姿のラプラタ川(アメリカ)の河神がいます。この時代のヨーロッパ美術では、アメリカ大陸の発見などによる世界観の拡大や、カトリックの世界的広がりを背景に、四大陸という主題が流行したのですが、それぞれの大陸を流れる大河もまた、こうした河神の姿で表現されました。私の関心は、なぜ四大陸中の「アジア」の大河として、ガンジス川が選ばれたのかということにあるのですが、これについてはまた別の機会にゆずりたいと思います。

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