2017年6月26日月曜日

徒歩から見る通学路(LC16台 石丸堅一朗 さん)

 今年度第1回目の学生記事をお届けします。文化学科2年生の石丸堅一朗さんが日常のなかで新しいパースペクティブを獲得する面白さを描き出してくれています。



徒歩から見る通学路
LC16台 石丸堅一朗

 2016年3月、私は1台の自転車を買ったはずだった。アメリカの西海岸出身の彼は、整備などされていない浜辺を走るための丈夫で大きな車輪を抱え、それでいてどこか控えめな濃いグレーを身に纏っていた。彼は当然のような顔をして、今まで私がサドルを跨いで以来、幾度となく握り続けてきたその場所に、ブレーキを携えていなかった。どうやら、ペダルを後ろに漕ぐことでブレーキ機能が働く仕組みらしい。中高6年間、汚いママチャリを乗り回してきた私にとって、まさに運命の出会いであり、ひとめぼれだった。それからというもの、彼とはいろいろな場所に出かけた。毎日の通学はもちろん、少し遠いスーパーやコンビニまで買い物に行ったり、近くの神社を巡ったりした。しかし、いつからだろうか。大好きな浜辺の景色を見せてやれぬまま、彼の姿を見る機会は徐々に少なくなっていき、現在では、自分の名前が呼ばれるのを待ちながら、ひたすらベンチを温め続ける代打要員の如く、アパート裏の駐輪場に常に待機している状態である。梅雨の雨に嫌気がさしたからか、冬の寒さをしのぐためにポケットに手を入れておきたかったからか、はたまた眠い目をこすりながら整えた髪型が、向かい風で台無しになってしまったからか。乗らなくなった原因なんて、自分でもよく覚えていない。ただ一つ言えることは、歩きながら眺める通学路には、これまでとは違う景色が広がっていたということだ。

  毎朝家を出て、ほんの数十秒歩くと、「すき家」が見えてくる。さらにそこから進むと「マクドナルド」「ガスト」「城南消防署」「ローソン」「マックスバリュ」が建ち並んでいる。それぞれ形が違うものの、24時間体制であることに変わりはない。

 私が寝ている間にも、誰かがそこでは働いていて、誰かがそこを利用している。私が通学しているときにも、誰かがそこでレジを打っていて、誰かがそこでコーヒーを飲んでいる。自転車に乗って通学する私には、愚かなことにそれに気づく力が無かった。当然のように横を素通りし、気づくことや考えることを放棄していた。しかし徒歩という選択をした今、様々なものに注意が向くようになった。店のガラス越しに見えるおじいさんは、毎日同じ席に座って、何かを飲みながら新聞を読んでいる。老眼なのだろう、新聞を近づけたり離したり、今度は自分の顔を近づけたり離したり、忙しそうだ。たまにペンを握って何かを書き込んでいる。何を書いているんだろう。毎朝何時からそこに座っているのだろう。朝早くから消防車や救急車の車両整備をしている消防士の人たちは、昨夜はどこかに出動したのだろうか。ちゃんと眠れているのかな。自転車で通り過ぎていた場所を、歩いて通り過ぎる。2秒で通り過ぎていた場所を、10秒かけて通り過ぎる。僅かな時間の違いだけれど、この時間が新しい発見を生む。様々な人、しぐさ、表情に気づく。新たな疑問や感情が生まれる。これが、徒歩だから見ることのできた景色。

 次に注目してみるのは、「西の堤池公園」。片江方面から通学する学生なら、知っている人も多いのではないだろうか。この公園は真ん中に大きな池があって、それを囲むようにして遊歩道が敷かれている(正式名称は、〈健康さわやかロード〉らしい)。この遊歩道を半分くらい進めば、福岡大学のすぐ近くの市民センターや城南図書館へとつながるようになっていて、実際にはそこまで変わらないのだろうが、体感的には近道をしたような錯覚を味わうことができるうえに、健康さわやかになれるというまさに一石二鳥の魔法ルートである。

 とはいえ私も、この健康さわやかロードの虜となったのは徒歩通学を始めてからで、自転車で通学しているときは1度も通ったことは無かった。なぜならば、健康さわやかロードの入り口には「この健康さわやかロードには自転車では侵入してはならない」風の注意書きや看板が設置されていて、なぜか私はこの言葉に「この先、日本国憲法は通用せず」という文言に抱く恐怖に似たものを感じていたからである。しかし、そんな中でも勇者は結構存在しているもので、大学生に限らず、小学生、会社員、主婦、翁と幅広い層の勇者が自転車に跨って健康さわやかロードを疾走していることも事実である。また、健康さわやかロードは、ランニングやジョギングをしている人や保育園生が集団でお散歩をしていたりと1日中賑わっていることが多いので、その中を変化球ブレーキ持ちの彼と共に進んでいく勇気が無かったのも、事実である。

前置きが非常に長くなってしまったが、この健康さわやかロードを利用して通学したい場合に、健康さわやかロード初心者が陥りやすいミスを今回はここに記しておきたいと思う。問題となってくるのは「時間」だ。福大に通う学生の中でも、1限から授業が入っている学生は多いだろう。だがその寝ぼけたままの思考でこの健康さわやかロードに足を踏み入れることは許されない。それは何故か。健康さわやかロードの中腹に存在する、福大へと抜けるために通らなければならない関所が開くのは「午前9時」だ。何の因果であろうか。1限の始まる時刻も「午前9時」。つまり、1限へと向かうためにこの健康さわやかロードに足を踏み入れた場合、その先に待っているのはベルリンの壁の如く立ちはだかる、固く施錠された門だけだ。このベルリンの壁は、私の健康さわやかロードデビュー日にも無情にも立ちはだかった。そびえたつベルリンの壁を前に、私は茫然と立ち尽くしているだけだった。時計は8時40分。引き返すしか策は無い。引き返すだけならいい。1限には余裕で間に合うだろう。しかし引き返した先で私を待ち受けるのは、正規ルートで通学中の多くの学生であった。その学生たちが健康さわやかロード勢でなければ何も問題はないのだが、その学生らの中に生粋の健康さわやかロード勢がいたとしたら、私の愚行はすぐさま露呈し、心の中で嘲笑されていたに違いない。この事件はまさに、「健康さわやかロード」という無駄な共通点が生み出した負の遺産であろう。この事件以来、私は正規ルートと健康さわやかロードの2つを巧みに使い分けながら通学するようにまで成長している。

 つい先日、1限へと向かう私は、健康さわやかロードをこちら向きに歩いてくる何かが見えた気がした。私は気づかないフリをして、静かに正規ルートへと足を踏み出した。

 自転車に乗っているから見えるもの、バスに乗っていたから気づいたこと。人が何かを気づき、感じる瞬間は人それぞれだ。私の場合は、それが徒歩であった。様々なモノに気づき、感じ、新しい発見をした。次の発見は、意外にもあなたのすぐ足元に転がっているのかもしれない。

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