しりとりいぬ
平田 暢(社会学)
本ブログの12月8日に、髙下保幸先生が「「かわいい」考」という、大変面白い記事を書いておられます。
髙下先生の記事には、着衣と裸の「ボーヤ」の写真があります。よく撮れているので最初はどこかの赤ちゃんモデルか、と思ったのですが、何となく髙下先生の面影が見える気もします。おたずねしたところ、やはり、「大人の女性にとってもモテてすぐに取り囲まれてしまう」(ご本人談)お孫さんとのことでした。
この赤ちゃんの写真を見ると、おそらくほとんどの人がかわいいと思うでしょう。しかしながら、 髙下先生のブログの最後の写真「非「幼児図式」的「かわいい」」に関しては、意見が分かれることが予想されます。「かわいいけれど好ましくない」ということはあまりなさそうなので、すこしずらして「好ましい」を使うと、そもそもすべての人が好ましいと思う顔かたちはないのかもしれません。同じ写真を見ても人によって好ましく思えたり、そうでなかったりします。
もうすこし踏み込むと、「かわいい」あるいは「好ましい」ということを考える場合、私たちは何となく見られる側、つまり対象の問題だと考えがちですが、見る側(主体)の問題でもあるようです。
一般的に、人は自分に似た外見的特徴をもつ相手を好ましいと思う傾向があると言われています。スタンレー・コレンという、犬に関する著作も多数ある心理学者は、非常に面白い実験をしています。カナダのブリティッシュ・コロンビア大学の女子大生104人に、4種類の犬の写真を見せ、犬の外見から、人なつこさや忠誠心、頭の良さなど、自分が抱いた好感度を犬種ごとに評価してもらい、同時に何種類か人間の女性のヘアスタイルを描いたイラストを見せ、どれが自分自身のものと似ているかたずねるというものです。4種類の犬のうち2種類(イングリッシュ・スプリンガー・スパニエルとビーグル)は耳の長い、垂れ耳の犬種、残る2種類(シベリアン・ハスキーとバセンジー)は多くの日本犬と同様、立ち耳の犬種なのですが、自分のヘアスタイルを耳の隠れるロングヘアと回答した女子学生は垂れ耳の犬を、耳の見えるショートヘアと回答した女子学生は立ち耳の犬をより好意的に評価する傾向が確かめられました。つまり、自分と外見上の特徴の似た犬種をより好ましく評価していたのです。また、他の心理学者が行った、犬の写真2枚と人の写真1枚を見せ、その人がどちらの犬の飼い主であるか予想してもらうという実験でも、当たり外れは半々にはならず、特に純血種の場合3回に2回の割合で当たったそうです。第三者が見てもわかるくらい、飼い主と犬は似ているのでしょう。手前味噌ですが、写真は私の飼っている犬です。1月24日の大雪の日に外に連れ出されたので若干迷惑そうですが、さて私と似ていますでしょうか・・・。
では、なぜ人は自分に似た外見的特徴をもつ相手を好ましいと思うのでしょうか。その1つの答えは「慣れ」であるようです。私たちは頻繁に鏡を見ます。鏡を見る、というのは一見自分のことだけに関心を向けているようですが、よく考えてみると周りから、すこし大げさに言うと社会から自分がどのように見られているかを確認しているわけで、かなり社会的な行為でもあるのですが、いずれにせよ、もっとも見慣れた顔は自分自身のものである可能性が高いでしょう。
見慣れた自分の顔に似たものを好ましく思う、そして好ましい犬を私たちは飼おうとする、ということが仮に正しいとすると、もしほとんど鏡を見ない文化を持つ社会があれば、飼い主と犬は似ていないかもしれません。逆に現代の多くの社会では、おそらく化粧の関係で男性よりも女性の方が鏡を見る時間は長いはずなので、女性の方が男性よりも自分に似た犬を飼う傾向が強いかもしれません。ファッション・モデルなど自分の容姿を見る機会の多い職業をもつ人の方が、容姿を問わない職業の人よりも飼っている犬に似ているかもしれません。また、最近はデジタルカメラの普及で気楽に写真を撮れるようになりましたし、スマートフォンを利用した「自撮り」もよく見られます。そのため、20年前よりも自分に似た犬を飼うようになっているかもしれません。今、日本で人気があるのはトイ・プードルやチワワ、ミニチュア・ダックスフンド、柴といった、髙下先生のブログにある「幼児図式」の特徴が割と強い犬種です。サイズや飼いやすさ等の要素を除くと、日本人の顔がこれらの犬種に近いので人気なのかもしれません。ちなみにアメリカの人気犬種はジャーマン・シェパードやラブラドール・レトリーバー、ビーグル、ブルドッグなどで、日本で人気の犬種とサイズがまったく違うのも驚きですが、顔の感じもまるで違うようです。
以上、しりとりのように「かわいい」から飼い犬まですこし考えてみました。「同じ対象を見ても人によって好ましく思ったり思わなかったりするのであれば・・・」、「人は見慣れた自分の顔に似たものを好ましく思うのであれば・・・」といった発想であれこれ考えましたが、このように「○○ならば、△△かも」と遊び心をもって考えてみると、当たっているか否かはともかくとして、思わぬ(珍)発見もあるようです。見慣れたものを顔ではなく別の何かに置き換えて、好ましい対象も犬ではなく、やはり別の何かに置き換えて考えてみるのも楽しいかもしれません。
引用文献
スタンレー・コレン(著)、木村博江(訳),2011,『犬があなたをこう変える』,文春文庫.
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