2022年2月14日月曜日

おかんめーたー

 「教員記事」をお届けします。今回の寄稿者は、社会学の平田暢先生です。


先日、通販サイトを見ていて「おかんメーター」というものを知りました。


これは「トラ柄、ヒョウ柄などアニマル柄の服を持っている」や「カバンの中にかならず飴、正確にはアメちゃんが入っている」、「エスカレーターは右側に立つ」、「マクドナルドの略称は「マック」ではなく「マクド」」、「阪神タイガース愛」など「大阪のおばちゃん」度を、額に光を当てて一瞬で測るものです。近々「おとんメーター」も発売されるとか。


・・・うそを書いてしまいました。すみません。そうではありません。


「悪寒メーター」です。これは単純な体温ではなく「悪寒」、ひどい風邪やインフルエンザに限らずいろいろな病気で発症する不快な寒気の度合を、体表の温度だけではなく深部体温、血中の酸素飽和度などから測定するというものです。


・・・またうそを書いてしまいました。本当にすみません。もうやりません。


「おかんメーター」は温度計です。温度の目盛りに加えて日本酒の「熱燗」「上燗」「ぬる燗」などが書き加えられており、適温がわかるようになっています。類似のものに「日本酒計」というものもあるようで、たとえば40~46℃が「ぬる燗」だと表示してあります。「おかんメーター」正確には「お燗メーター」を使えば、いつも美味しい好みの燗酒を味わうことができる、という訳です。本当です。


さて、この「 ℃」というもの、毎日の天気予報や体温などでよく目にします。水の氷点と沸点との間を100分割したものが1℃になっていますが、体温が37℃以上あると「熱がある」、体に異常が生じている基準とされます。これは「℃」が標準となる尺度、すなわち「規格」となっていて、その規格に照らして正常か異常に分類されるということを意味します。℃は「規格化された温度」なのです。


実は世の中はこの規格によって支えられています。「あ」が「あ」と読めるのも「あ」の形が規格化されているからです。フォントは違っていても一定の規格内に収まっていると「あ」と読めます。「一般の社会生活において現代の国語を書き表すための漢字使用の目安」(平成22年内閣告示第二号)である、常用漢字も規格と考えてよいでしょう。一昨年「碍」を常用漢字に追加すべきか検討された結果、見送ることになったというニュースもありました。ですが、「融通無碍」が「融通無げ」と書かれるとかなり違和感がありますね。「蔓延」の「蔓」も常用漢字ではないようで「まん延防止等特別措置法」と書かれると、ましてやその略称として「まん防」などと書かれると、やっぱり魚の方を思い出してしまいます。

図1 マンボウ


それはともかく、中国の戦国時代を終わらせた秦の始皇帝である嬴政(えいせい)の治績の一つに、規格化を進めたということがあります。戦国時代、各国で異なっていた度量衡や通貨、車軌(馬車などの車軸の幅(トレッド))、漢字の書体などを統一しました。下の図は戦国最末期の7か国、いわゆる戦国七雄が使っていた、ある動物を表す漢字を並べてみたものですが、さて何でしょう。

図2 戦国七雄

割と簡単ですね。秦を見れば明らかなように「馬」なのですが、各国で随分違うことに驚きます。中華文化の発祥地である中原(ちゅうげん)に近い魏や韓の方が抽象性が高く、中原から見れば辺境であった秦はむしろ象形性が強く見えるのも面白いですが、このような規格化がなければ、広大な「中国」という文明圏は成立しなかったはずです。もし楚が中国を統一していたら、私たちは今全く異なる漢字を使っているもしれません。ということは私たちの使うひらがなも。


この規格化が急速に進むのは近代以降で、特に工業分野において顕著です。規格化を大規模にやったのはナポレオン時代のフランスです。「お燗メーター」の「メーター(計量器)」と語源が同じである「メートル」はもっともなじみのある尺度ですが、これも18世紀末にフランスで定められています。地球の極点から赤道までの距離の1000万分の1の長さになります。その発想に驚いてしまいますが、地球一周がほぼ4万㎞なのはそのためです。


日本でよく知られているものにJIS規格(日本産業規格 Japanese Industrial Standards)がありますが、最近ではISO(国際標準化機構 International Organization for Standardization)というのもよく目にします。後者は機構ですが、その機構が認証した、たとえば「ISO 14001」は、いろいろな企業がその認証を持っていることを広告にも使っています。この場合の規格は、モノのサイズや強度などではなく、その企業の活動によって生じる環境への影響を常に改善するためのシステムのことで、「目的、目標及び実施計画」や「力量、教育訓練及び自覚」、「文書管理」、「点検」、「監視」などなど多岐にわたる項目の実施が義務づけられています。しかも、規格の認証は毎年更新しなければならないのだそうです。


この「ISO 14001」を見てもわかるように、規格化はモノにだけに存在するのではなく、人の活動のあり方についても進んでいます。厳密な司法手続きはそのような規格化の典型例だと思います。私自身、大学の教員となって四半世紀を超えてしまいましたが、その間に大学で進んだことの一つは教育に関する規格化です。特に最近は色々と細かくなりました。たとえば授業計画書(シラバス)というのがありますが、授業の概要に始まって到達目標や予習・復習、各回の授業内容まで、こと細かに書かねばならなくなりました。しかも第三者からチェックを受けねばなりません‥‥。


このようにシラバスが細かく規格化されたことで、大学における教育内容は著しく改善しました。


と、書きたいところですが、個人的な実感としてはよくわかりません。学生がより自分で考えるようになり、講義や演習での質疑応答が面白いものになった、とか、卒業論文の執筆者が増えそのレベルも上がったとか・・・は、全体としてはあまりないような気がしています。無論これは単に私自身の努力不足という可能性の方が高いとも思うのですが。


危惧されるのは、教育の規格化が進むことで、「製品、あるいは商品としての人間」の規格化が進むことかもしれません。社会全体の生産性を向上させるために、また個々の企業の効率を向上させるために、規格を満たし一定の労働力があることが保証された商品としての人間を「卒業製品」として作り出していく、大学はそのための「工場」になってしまうのではないか、と思ったりします。卒業時には、JES規格(日本教育規格 Japanese Educational Standards)の刻印が身体に押されるようになり、その刻印がないと一部の企業では採用されなくなったりして。今のところそんな規格はありませんが・・・。

図3 JESマーク 

で、またお燗の話なのですが。


ここ数年、人文学部の色々な先生方と唐津の酒蔵に見学に行っています。お邪魔しているのは佐賀県唐津市の「鳴滝酒造株式会社」。創業はかの元禄時代(1688~1704年)が終わった翌年の宝永2年(1705年)で、300年以上の歴史があります。実は現在の社長である古舘正典さんは私の母方の従弟で、幼なじみでもあるため、ご厚意に甘えてたびたび押しかけています。2008年には「地域における酒造り」というタイトルで、利き酒体験つきの講演会を文化学科でしていただいています。まぁ盛り上がったこと。

写真1 酒蔵


その古舘社長によると、日本酒の一般的なタイプは、以下のように大きく分けて2つになるそうです。


①硬い水で仕込んだ酒(仕込水の硬度が高い)

 ・輪郭のはっきりした、力強い印象の味わい

 ・辛口に感じる

 ・俗に「男酒」と呼ばれる

 ・熱燗に向く

 ・代表的な産地は灘や東北地方など、高い山や険しい山脈があるところ


②柔らかい水で仕込んだ酒(仕込水の硬度が低い)

 ・柔らかくなめらかな優しい印象の味わい

 ・甘口に感じる

 ・俗に「女酒」と呼ばれる

 ・ぬる燗に向く

 ・代表的な産地は伏見や九州など、高い山や山脈がないところ


鳴滝酒造の代表銘柄「太閤」は②のタイプになります。現在工場のある唐津市神田(こうだ)は、通称「お茶の水」と呼ばれ、江戸時代、歴代の藩主が茶会の用水として、1里近く離れたお城までわざわざ運ばせたほど美味しい水が湧くところです。かつて太閤秀吉がその水を用いて千利休に茶を点てさせたという伝説も残っています。


つまり、というか常識かもしれませんが、日本酒は造られる地域の水や風土によって本当に千差万別で、一概に40℃にお燗をつければどんなお酒もおいしくなる、ということはありません。60℃のお燗で美味しく飲めるお酒もあるそうなのですが、古館社長によると、おそらく硬水で仕込んだ酸のある辛口の酒でないと厳しく、「太閤」は正反対の酒質なのでとても無理、とのことでした。高級料亭などでは「お燗番」というお燗だけを担当する方がいらっしゃいますが、これはまさにお酒の種類、その日の天候や料理、お客の好みなどを総合的に人間が判断する能力、つまり感性が必要とされることを示しています。そもそも日本酒の仕込み自体が感性と℃のせめぎ合いのようなところがあって大変面白いのですが、その話は稿を改めて。


大事なのは「美味しい」という感性の手助けとして℃があることで、℃自体を目的にしてしまうのは本末転倒に思えます。規格化は本来手段であり、限界もあります。ひたすらに規格化を追い求める趨勢にむしろ逆らって、自分の生活の中に規格化されない、感性の領域を持つようにすると、より美味しい燗酒を飲めるだけではなく、規格化された「製品、商品としての自分」を強いられる毎日から一歩抜け出せそうな気がします。


感性とお燗メーターを上手に使って、美味しいお酒を飲みましょう。

図4 お燗メーター 


参考HP

鳴滝酒造株式会社( https://narutaki.com/ )


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