2021年5月31日月曜日

駅前オブジェとしての悪書追放ポスト

 「 教員記事」をお届けします。今回の寄稿者は、芸術学・美術史の植野健造先生です。


日本美術史、博物館学等担当教員の植野です。

 私は鉄道路線の駅前に設置された彫刻作品やモニュメント、オブジェに興味を持っています。この文化学科のブログでも過去2回、駅前の彫刻作品に関するエッセイを書きました。1回目は、201858日掲示の「福岡市天神―パブリック彫刻のお値段の話―」、2回目は2019516日掲示の「博多駅前広場の彫刻」です。

 駅前の彫刻、モニュメント、オブジェに関する興味は、半分は研究的な、もう半分は趣味的な関心に基づくものです。もともと私は幼少期から鉄道好きだった面があります。いわゆる鉄道趣味の「鉄ちゃん」には、いろいろなジャンルやカテゴリーがあります。「乗り鉄」「撮り鉄」「葬式鉄」「鉄子」「ママ鉄」「子鉄」など、鉄道ファンの呼び方も多様化しました。ほかにも、鉄道模型、切符、駅弁、時刻表、駅舎といった鉄道関係の趣味の対象はたくさんあります。

 その中でも、私は「駅前彫刻鉄」で、これはかなりの少数派ではないかと思います。

2006年頃に駅前彫刻、モニュメント、オブジェのデータベース構築の試みを思いつき、知り合いの研究者に呼びかけてみましたが、その時の企画はうまく進みませんでした。いつか、不特定の多くの方々に情報と画像を提供していただくようなシステムの構築を試みてみたいと考えています。

とりあえず、私はその頃から手始めに西鉄天神大牟田線と太宰府線の駅前彫刻、モニュメント、オブジェの現地調査を始めました。調査は時々ではありましたが、2016年に大牟田線の49駅と太宰府線の2駅の調査を終了しました。その間に西鉄柳川など駅自体や駅前の様相が変化した駅もありますし、春日原や下大利など現在高架改修中の駅も少なくないので、これらの駅前の様相も今後変化してゆくでしょう。それら、西鉄天神大牟田線、太宰府線の駅前の彫刻調査の報告はあらためて別の機会に行いたいと思います。ここでは、駅前に彫刻、モニュメントなどが設置されている駅は少数であることだけ書いておきます。

今回報告したいのは、これら駅前彫刻を調査していて、途中から気になり始めた“もの”についてです。それはいわゆる「悪書追放ポスト」です。

Wikipediaなどによると、悪書追放ポスト(白ポスト)は、1963(昭和38)年頃に登場、青少年への教育的観点からの悪書追放運動の盛り上がりを背景に、1960年代後半から1970年代にかけて全国各地に爆発的な普及を遂げました。しかし、その後、追放運動の盛り上がりがひと段落したことと、さらにはネット社会の普及によるデジタル化の流れとあいまって、平成に入って以降は時代遅れの存在となってきた感があるようです。悪書追放ポスト(白ポスト)は地域により「やぎの箱」、「ひつじの箱」、「有害図書回収箱」、「悪書ポスト」、「有害図書ポスト」、「グリーンポスト」など様々な名前で呼ばれているようです。

 西鉄天神大牟田線沿線のいくつかの駅前に設置されている悪書追放ポストは、郵便の赤ポストの白色版、まさに白ポストなのですが、彫刻もモニュメントも特にない駅前でこれを見つけるとついカメラのシャッターをきるようになりました。

それは、昭和的な懐かしい風情を放つ、駅前のオブジェとしての「悪書追放ポスト」(白ポスト)の発見でした。


左図:西鉄二日市駅前の悪書追放ポスト 2015年4月9日撮影
中図:西鉄朝倉街道駅前の悪書追放ポスト 2015年4月9日撮影
右図:西鉄倉永駅前の悪書追放ポストをのぞく筆者 2016年3月15日撮影

あらためて、私も少・青年期から時々見かけてきた白ポストについていろいろと思いを巡らせてみました。このポストの設置者は誰なのか、そもそも悪書とはどのような本を指すのか、そしてどのような人がどのような状況でこのポストに「悪書」を投函するのか、そしていつどのようなかたちで回収され、処分されているのか?――謎と妄想が膨らんでゆきます。これらについても今後の調査研究課題としたいと思います。

 悪書追放運動に関連して想起されるのは、中国・秦の始皇帝が紀元前213年頃に行ったとされる焚書や20世紀のナチスドイツによる焚書などですが、その他の時代、地域でも、為政者による、思想・言論統制を目的とした焚書、禁書は少なからず行われてきました。

焚書、禁書をテーマとした小説と映画では、「華氏451度」が想起されました。小説『華氏451度』(原題:Fahrenheit 451)は、レイ・ブラッドベリのSF小説で、本の素材である紙が燃え始める温度(華氏451度≒摂氏233度)を意味し、本を持つことも、本を読むことも禁じられている未来社会を描いた作品です。


レイ・ブラッドベリ、宇野利泰()『華氏451度』ハヤカワ文庫


 同小説はフランソワ・トリュフォー監督によって、1966年にイギリスの長編SF映画として映像化されました。


「華氏451度」のことは、東京FMの「メロディアス ライブラリー Melodious Library20101031日(日)の放送で知りました。同番組は2007年に始まり、毎週1冊の本とそれにまつわる音楽をからめた好番組で、日曜日の10001030、全国38局ネット、パーソナリティは小川洋子さん、アシスタントは藤丸由華さんが担当されています。私は開始時からこの番組のファンで、半分以上は録音保存して楽しんでいます。

 この時の放送を機会に小説(ハヤカワ文庫SF)を読み、映画DVDも鑑賞しました。


映画「華氏451DVD


さらには番組のこの回で流された、ディクシー・チックスのCD34枚を購入して聴き、やはりファンになりました。

ディクシー・チックス(現在のグループ名はチックス)は、1990年代末以降にカントリーとポップスの両ジャンルで成功を収めた3人組の女性バンドで、グラミー賞など数々の賞を受賞しています。しかし2003年頃、イラク戦争について批判的発言をしたことから、一部の保守的の人々からCDを焼かれたり、ブルドーザーで破壊された経験をもっているとのことです。

ディクシー・チックス「テイキング・ザ・ロング・ウェイ」CD 


 話はずいぶんと散らかってしまいましたが、このように一つの関心から発して、興味の対象が広がってゆくことは、知的行為であり趣味的な楽しみでもあって、文化学科で学ぶうえでは重要なことではないかと考えています。


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