仕事は「まじめな」ものであり、ユーモアや笑いは仕事の場を離れて、あるいは遊びの場でみられるものであると考えられてきた。しかしながら、最近の職場の人的環境に関する研究から、ユーモアや笑いが職場においてこそ有用であると主張されてきている。ユーモアや笑いの表出が促される職場、すなわち冗談が言える職場では、労働者のチームワークや協力意識が強まる、労働者と管理者の間のより親密な人間関係がつくられる、労働者の就業意欲が高まる、仕事に伴うストレスが軽減され健康支援につながる、仕事上の問題を解決する能力や発想力を高め、ひいては生産性の向上につながると指摘されている(Morreall, 1991; Martin, 2007)
1.ユーモアを企業理念とするサウスウエスト航空
そうしたユーモアを企業の経営理念として掲げている、いわば「ユーモア企業」の代表が米国の航空会社サウスウエスト航空である。
サウスウエスト航空は、1967年に米国ダラスを本社として設立されたいわゆる格安航空会社である。1973年以来、毎年黒字の利益を上げ、2011年の有償旅客マイル(乗客数×運行距離)による売り上げでは、欧米の大手航空会社に伍して世界7位にある。
航空路線を米国内の近距離に絞り込む、使用機種を統一して機体の購入費、整備費、パイロットの訓練費を抑えるなどのコスト削減に努めるとともに、職場環境にユーモアや笑いを持ち込むことで営業成績を上げているとされる。
(1)ユーモア最優先の採用人事
まず従業員の採用にあたっては「ユーモアのセンス」のある人を最優先の条件としている。ユーモアのあることが、顧客へのサービス活動に優れる、他の従業員とうまく協調する、また業務で生じる問題を解決する発想力、創造力につながることを見通しての採用である。たとえばパイロットの採用試験では、会社が準備した半パンツにためらわず着替えたら合格採用という次第である。
(2)ユーモアのある接客
多くが乗客である顧客に対する接客の基本として、乗客にとって楽しい旅程となるようにユーモアのある接遇となるように促される。たとえば機内に搭乗してくる乗客を客室乗務員が客室上部の荷物入れから突然顔を出して歓迎する、あるいは到着時のアナウンスに客室乗務員が歌を添えるなどの(日本人の乗客ならひんしゅくを買われそうな)、スタッフの笑顔をたたえたユーモアのあるサービスの提供は、顧客からの高い満足度と信頼を得て、営業成績の向上につなげている。
(3)業務におけるユーモアの効用
業務上生じた問題に対しても、単眼的ではない複眼的な視点をその特徴とするユーモア的ものの見方を援用することで、創造的な問題解決をもたらす。たとえば、大手航空会社に先んじて運営された「ネット予約システム」のアイデアは、休憩時間の従業員同士の冗談まじえた談笑の中から生まれたとされる。
時間に追われる厳しい業務にかかわらず、「従業員の満足度第一主義」を掲げる企業理念のもと、ユーモアや笑いのある職場となるように経営トップ自ら率先する。たとえば、いつもは緊張に満ちた運行管理部のスタッフ一同が、業務の合間にオフィス内の「職場での運動会」に参加し楽しみ、互いの親睦を深める機会とするなどである。
こうした賑やかで親密な人間関係にある職場に置かれる従業員の就業満足度は高く、離職率は経年5%未満といわれる。
2.職場の小運動会――若き日の思い出から
上にみたサウスウエスト航空の従業員がときに催すという「職場の運動会」に関連して、およそ五十年ほど前の「職場の運動会」が思い出された。
私が体験した「職場の運動会」とは、サウスウエスト航空の場合と同様、職場での運動会であった。大学に入って初めての夏休み、知人の紹介で地元のデパートに店員のバイトで入ったときのことである。配属された売り場は、陶磁器、ガラス食器などを扱い、フロアーの三分の一ほどを占めていた。仕事は客の注文を受けて代金を受取り、品物を包装して客に手渡すという手順の繰り返しである。食器の包装などやっかいな手間もあったが、それもこれも一週間もやれば何とか慣れてしまう。
そうしたある日のこと、大量の入荷があった。売り場の責任者、三十前であろうか、われわれ九州の人間から見るとちょっときざっぽいモリタ係長から「残業せよ」とのお達しである。
一日中立ち通しの後の残業はこたえる。段ボール箱から食器を出したり並べたりの作業も三時間ほどで片がついた。さあ帰れるぞ。モリタ係長の「お疲れさん、おしまいにしよう」の声を期待していたところが、なんと「運動会をしようや…」のひと声。そう言えば、周りの売り場が帰ってしまったフロアーを見れば、陳列ケースの間の通路が絶好のトラックであり、フィールドである。
当のモリタ係長も率先して、男女の店員一緒にリレーの開始である。もちろん本気半分、ふざけ半分であるが、みんな盛り上がって、日頃は堅物に見えた年配の男性社員もえらくはしゃいで、その通路トラックを一周する。
私はと言えば、帰りたい気持ちといまだ青臭い分別とで、「何だ、いい大人がこんなことして、ばかばかしい」という思いで、加わりもせずにただ早く終わることを願って側で冷ややかに見ていた覚えがある。
この俄に始まった運動会のことは、バイト代が何ともないことに消えてしまうとともに頭から消えてしまった。
ところが私が三十歳になろうとした頃、あのときのモリタ係長の年代になって、ふと思い出された。
「あれはあれでよかったのだ。職場で馬鹿やって、ひと息入れることが大切なのか…」と。
悪い印象のまま記憶の隅にあったモリタ係長にも、十年の歳月を越え尊敬の念と懐かしさを感じた。それだけ私が年をとり、少しは人情の機微をわかる年代になったということだった。
それからまた歳月は随分と経過し、人生を歩む上でのいかばかりかの感化を得たことを是非伝えたいと思いながら、あのモリタさんにはまだ会いだしていない。その後の伝聞では、そのデパートの取締役にまで昇進し、ニューヨークのジャズミュージシャンが出演するジャズクラブを地元に設立して、その社長も兼任していたとのことである。モリタさん、やはり才人であったのである。
昨今の日本の世知辛い効率主義の企業社会にあっても、どこかのデパート、オフィス、町工場で、第二、第三のモリタ係長の音頭のもと、従業員一同童心にかえっての運動会やプロレスごっこが行われていることを想像するだけで楽しくなる思いである。
引用・参考文献
フライバーグ,K.・
フライバーグ,J.(小幡輝雄
訳)1997 破天荒――サウスウェスト航空
驚愕の経営
日経BP社
Martin, R. 2007 Humor in the
workplace. in The Psychology of Humor: An Integrative Approach. Chapter 11,
Applications of Humor in Psychotherapy, Education, and the Workplace. pp.365-369.
Burlington, MA: Elsevier Academic Press.
Morreall, J.
1991 Humor and work. Humor: International Journal of Humor Reseach, 4, 359-373.
中川誠士 2002 サウスウェスト航空における企業文化と戦略的人的資源管理の間 のアライメント
福岡大学商学論叢,46,553-587.
(記: 髙下 保幸)
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