2014年8月16日土曜日

大学(人文学部)で学ぶということ-役に立つ学問とは何か-(鴨川武文准教授)

「教員記事」をお届けします。第八回は地理学の鴨川武文准教授です。



大学(人文学部)で学ぶということ-役に立つ学問とは何か-


 私の専門領域は地理学の中でも人文地理学と呼ばれる領域です。人文地理学とは、地表の人文現象を研究対象とする、地理学の一分野です。私が地理学に興味を持つに至った背景や大学で学ぶということについて、経験・体験をふまえて述べてみたいと思います。

 私が地理(地理学)に興味を持ったのは中学校時代でした。現在でもそうだと思いますが、地理を本格的に学ぶのは中学校1年生になってからです。私の中学校時代の地理担当の先生は森先生でした。現在とは違ってインターネットのない時代に統計や図表などを駆使して、世界について、日本について、森先生は生徒たちに、地域のさまざまな事象に興味を持たせるような授業をしてくださいました。地理を勉強すると、知らない地域について知ることができる、楽しいことに巡り合うことができるような気がする、このような気持ちに駆り立てられました。要するに地理(地理学)に興味を持ったのです。これは高校時代になっても変わることはなく、大学で地理(地理学)を勉強したいと強く思うようになりました。

 二年の浪人生活を送って地理学の講座がある大学に進学しました。好きな地理学を勉強できると期待に胸が膨らんだのですが、その期待は見事に裏切られることになりました。地理学の科目は2年生の後期からで、それまではいわゆる教養課程で、いろんな科目を履修しなければなりませんでした。「なぜ、地理学以外の科目を履修しなければならないのだろう」「この科目を受講して何の役に立つのだろう」と正直思いました。教養課程の科目を履修し、専門課程になり、学部卒業後大学院に進学し、博士課程在学中に福岡大学に採用していただき、教員として着任することになりました。教えてもらう立場から教える立場に変わったのです。

 大学に長く奉職しているとさまざまな変化を経験することになりました。教える立場からすると、以前にはなかった学生の皆さんによる授業評価はその一例でしょう。学生の皆さんが履修している科目の授業評価アンケートをみると、「役に立つ授業をして欲しい」という意見が多くあります。それでは「役に立つ授業・授業内容」とはどのようなものでしょうか?「役に立つ」というのは、何かの目的にとって有用であるということができると思います。たとえば、「就職に役に立つ」「公務員採用試験や教員採用試験に役に立つ」などがそうでしょう。では、皆さんが登録をした様々な授業科目はどのように役に立つのでしょうか。

 福岡大学人文学部の学習ガイドや学部共通シラバスを参照すると、実に多くの科目が開講されていますし、それぞれの科目はそれぞれの学問の一端を示す内容(講義)になっています。また、これらのガイドを参照すると、人文科学、社会科学、自然科学などの多くの科目があります。個々の科目を人文科学科目群に配置するのか、社会科学科目群に配置するのか、それとも自然科学科目群に配置するのかは、大学によってまちまちですが、ここで学問の分類を簡素にしましょう。人文科学と社会科学をまとめて人文社会科学、それと自然科学です。もっと言えば、文系、理系でもいいでしょう。たしかに、文学や哲学、歴史学、宗教学、芸術、心理学、社会学、文化人類学そして地理学のような人文社会科学は、医学や工学のように、病気を治したり、技術によって豊かな社会を実現したりすることはできません。その点では、人文社会科学は「役に立たない」ものです。しかし、人文社会科学を学ぶということは、複雑な現代社会を生き抜くための思考力や判断力を身に付けることと直結しているのです。さらに、人文社会科学は他の国々や異なる地域の言語、文化、社会との出会いを可能にしてくれることによって、他者の領域を広げてくれます。つまり人文社会科学は、世の中には自分とは違った物の見方や考え方があることを、文学、哲学、歴史学、宗教学、芸術、心理学、社会学、文化人類学、そして地理学、さらには英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ロシア語、中国語、朝鮮語などの言語などさまざまな学問を通じて教えてくれると思います。

 人文社会科学は、一般に「虚学」と呼ばれることがありますが、「虚学」と対になるのが、世の中に直接的に役に立つ医学や工学などの「実学」です。私は両者は対立するものではなく、車の両輪のようなものであると考えています。

 私たちは科学技術によって物質的な豊かさを実現できましたが、一方で、豊かさを求めたあまり、さまざまな環境問題が生じましたし、今日、それらが人間の生存をすら脅かしていることも事実です。一方で、環境問題を解決するために科学技術に依存せざるを得ないこともまた事実です。しかし、環境問題の背後には、人間のあり方や社会の仕組みが複雑に絡み合っており、これを科学技術で解決することは困難です。今日の世界を揺るがしている民族紛争、宗教対立、文化摩擦などの問題となれば、なおさら科学技術で解決することはできないでしょう。だからこそ人間の本性や社会の仕組みを解明する人文社会科学の存在意義があるのです。

 長々と書きましたが、結局、結論はどこにあるのでしょうか。それは明確です。役に立たない学問はないということです。でも、今すぐには役には立たないでしょう。長い時間をかけて学生の皆さんの血となり肉となるのです。

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