2023年5月15日月曜日

善と悪はコインの裏表みたいなものかも

 「教員記事」をお届けします。今回の寄稿者は、今年度着任された心理学の古川善也先生です。


 4月より文化学科に新たに着任しました古川善也と申します。専門は社会心理学・感情心理学です。今回は私の専門としている分野に関連する内容についてお話をさせていただきます。

私は人の善悪に関する内容を中心に研究を行っており,学部生の頃から博士号までの研究では罪悪感をテーマとして扱っていました。罪悪感は他者を傷つけてしまったり,社会的,あるいは個人的な決まりや約束事を守れなかったりした時などに生じるネガティブな感情です。罪悪感の経験は大なり小なり苦痛を伴うものですが,そうであるからこそ,罪悪感は自分がやってしまった事を気づかせ,その苦痛を緩和しようと傷つけてしまった他者への償いや謝罪が動機づけられます。また,社会的,個人的な決まりを破ってしまった事を取り戻そうと,より正しい行動をとるように人を促します。厳格ではないにしても人は正しくあろうとし,その一方で悪い行いをしてしまうこともあるため,その修正を促す機能の一つとして罪悪感は存在しています。

上記のように,罪悪感は「悪から善」への過程に関わっています。一方で,人の心理や行動の中には反対の「善から悪」への過程も存在しています。これは悪の道に進むといったようなものではなく,善いことをやったという実績があると,それが「免罪符」となり,次の時点で善い行動をしにくくなったり,悪い行動をしやすくなったりする,といったものです。自分の中で「これだけ善い行動をしたのだから,多少の悪いことも許されるだろう」と無意識に思ってしまっているのです。このような現象のことを社会心理学ではモラルライセンシング効果と言います。

モラルライセンシング効果は様々な場面で現れてきます。例えば,差別的な行動は先に善い行動をしていると生じやすくなることが示されています。MoninとMiller (2001)の研究では,採用活動の場面において先にマイノリティを採用していると,次の無関係な場面で本来は能力に応じて採用すべきところをマジョリティに偏った判断をしやすくなるという,差別的な行動が生じやすくなることを示しています。また,ListとMomeni (2017)の研究では,仕事の中で社会的価値のある取り組みをしていると,従業員が不正行為をしてしまいやすくなることを明らかにしています。

私自身もモラルライセンシング効果に関する研究に取り組んでおり,その中で子供を対象とした実験を行いました(Furukawa et al., 2023)。この実験では幼稚園生を対象としていました。まず子供に実験への参加のお礼としてお菓子を渡し,その時にお腹を空かせていると設定の人形を紹介して,子供が自分のお菓子を人形に分けてあげるといった行動をする機会を設けました。これにより子供に「善い行動」の経験をさせています。次に,キャラクターのシールを自分と友達に分けるという課題を行ってもらいました。これは友達にどれだけキャラクターのシールを分けてあげるかを「善い行動」の程度としてみています。この実験の結果としては事前に善い行動を経験した子供は,あまり友達にキャラクターのシールを分けてあげない,つまり,次の善い行動が生じにくくなる,というものになっていました。この研究だけでは一概に結論付けることはできませんが,モラルライセンシング効果は幼児期から人の行動に影響を与えている可能性が考えられます。

モラルライセンシング効果は,善い行動と悪い行動などの道徳に関連したものですが,前の行動が後の行動の免罪符となるのはこのような場合に限りません。例えば,ダイエットや仕事など目標をもって取り組んでいる際に,労力をかけて頑張った後だと,そのことが「免罪符」となり,自分へのご褒美としてダイエットをしているのに甘いものを食べてしまったり,まだ仕事が片付いていないのについついサボってしまったりする等,目標から逸脱してしまうことがあるかと思います。このような現象はセルフライセンシング効果と言います。人は頑張った自分へのご褒美としてついつい自分自身を甘やかしてしまうものです。

人は社会的なものにしろ,個人的なものにしろ何らかの決まりをもって,その決まりを守るように行動をしています。そういった決まりを守ることが正しいと理解をしていますし,守ろうと心がけていますが,上記で紹介したようなモラルライセンシング効果やセルフライセンシング効果があるため,ついつい決まりを破ってしまいます。そういった事に自分が陥っている,あるいは陥るかもしれないということを自覚することがモラルライセンシング効果やセルフライセンシング効果の影響への対策にもなり得ます。

今回はモラルライセンシング効果について紹介してきましたが,これ以外にも人が道徳から逸脱してしまうような「免罪符」や「正当化」の過程が多々存在しています。そういった人がついつい陥ってしまい心の働きについて知れること,理解することも心理学の役割であるといえます。

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