2020年11月11日水曜日

天の色は何色?-漢和辞典を読む:「玄」字について-

 「教員記事」をお届けします。今回の寄稿者は、中国哲学の中村未来先生です。



『角川新字源(改訂新版)』(研究室備品)

 難読漢字で知られる「玄人」。「素人」の対義語として、読みと意味とをそのまま暗記している方が多いのではないかと思います。ただし、「玄」字が使用された別の熟語「玄米」とその対義語「白米」とを考えた時、「玄」という文字の意味がなんとなく理解できるのではないでしょうか。そう、「玄」には「黒」という意味があるのです。漢和辞典を開けば(注1)、「玄鳥=つばめ」「玄魚(あるいは玄針)=オタマジャクシ」「玄的=付けぼくろ」と、黒色にまつわる様々なものが「玄」字で表現されていることに気付きます。

 ところで、皆さんは天(空)と言えば何色だと思いますか?五経の1つである『易経(周易)』坤・文言伝には、「天は玄(くろ)にして、地は黄なり」と天の色も「玄(黒)」だと記述されています。私たちは、天(空)の色と言われるとすぐに「青空」や「夕焼け空」を連想してしまいがちですが、古代の人々はより混沌とした複雑な天の様子を「玄」字で表現したのかもしれません。

 また、「玄」は五行説とも関連付けられ(注2)、五行の1つである「水」に配当されて、色で言えば「黒」ですが、方角で言えば「北」を表すようになりました。中国で北の方角を司るとされる玄武(四神)にも「玄」字が使われていますし、私たちの身近なところで言えば、「玄界(海)灘」も、北の海(玄海)を示した言葉と言えるでしょう。

玄武(キトラ古墳壁画:国営飛鳥歴史公園HPより)
 
 さらに、「玄」にはもう一つ重要な「奥深い」という意味もあります。道家の書『老子』第1章には「玄の又た玄、衆妙の門(そのような奥深いうえにも奥深いものから、あらゆる微妙なものが生まれてくる)」という語が記されており(注3)、この言葉を採って、後に魏晋南北朝時代には『老子』『荘子』『易経』が「三玄」として重視され、道家思想や形而上学(奥深い哲学的思索;玄学)が流行しました。仏教用語として広まり、その後日本で定着した「玄関」も、元をたどればこの『老子』の言葉(奥深い道へ踏み入る関門)に由来するのだろうと思われます。

 中国古代の人々は、混沌として深遠な様子を表す「玄(黒)」に、万物を生み出す源や、計り知れないエネルギーを秘めたイメージを抱いていたのかもしれません。


(注1)今回、参考にした漢和辞典は、①『角川新字源(改訂新版)』(角川書店、H29)、②諸橋轍次著『大漢和辞典』(大修館書店、S33)です。
(注2)五行とは、中国古代に考え出された、天地間に存在し、めぐり動いて止むことのない5つの元素;木火土金水。陰陽思想と結びついて、宇宙の生成変化を説く原理となりました。
(注3)『老子』第1章の現代日本語訳は、蜂屋邦夫訳注『老子』(岩波文庫、H20)を参照しました。

◆参考URL
・国営飛鳥歴史公園HP:https://www.asuka-park.go.jp/area/kitora/tumulus/(R2.11.7閲覧)

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