2019年11月15日金曜日

海女がつくる里海

「教員記事」をお届けします。今回の寄稿者は、文化人類学の中村 亮先生です。


中村亮

日本に特徴的な沿岸資源の利用・管理として「里海」がある。これは、里海研究の第一人者である柳哲雄氏によると「人が手を加えることにより生物生産性と生物多様性が高くなった沿岸海域」のことである。人が資源を利用することでかえって自然が豊かになるのだ。
里海の事例として、沖縄や九州地方の「石干見(いしひみ)」がある。石干見とは、干満差の大きい沿岸部に岩を馬蹄型に積んでつくった漁具である。干潮時に石干見内に逃げおくれた魚を捕獲する日本の伝統漁法である。沿岸に積まれた岩の隙間を棲み処として新たな生物が石干見周辺に増えることで、生物多様性が促進されるというわけだ。
このような、人と自然とが密接にかかわる里海を、福井県の海女文化に探していた。私が福井県里山里海湖研究所の研究員であった20142018年にかけてのことである。私の大叔父が男海女(海士)だったこともあり、かねてから海女に興味をいだいていた。調査が少しずつ進むうちに、海女による里海的な資源利用を発見することがきたので、ここに紹介したい。
福井県坂井市三国町の雄島半島には、米ケ脇、安島、崎、梶の四つの海女村がある(図1)。四村合わせて54人の海女がおり、平均年齢は約702017年)と、海女の高齢化がすすんでいる。海女は、59月にかけて、ワカメ、サザエ、アワビ、ウニをとり、冬場に岩ノリをとる。漁期は福井県漁連によって定められているが、各海女村はさらに厳しいルールを「申し合わせ」によって独自に設けている。たとえば、県漁連の規定ではサザエは61日からとっても良いが、安島では625日をサザエの解禁日としている。とっても良いサイズも決まっており、小さいものはリリースされる。
このように、「とり過ぎない」ことで資源を管理するのも保全の方法である。しかし、私が着目していたのは、資源を「利用しながら守り育てる」という里海的資源利用であった。そして、そのような資源利用を、ウニ漁における「岩おこし」にみることができたのである。
安島ではウニ漁は毎年、722日から820日の30日間おこなわれる。しかし実際は、悪天候などにより、10日ほどしかウニ漁はできないという。とげの短いバフンウニは日中、岩と海底の隙間や岩下にひそんでいる。海女は岩をひっくり返しながらウニをとる。ウニをとるために岩をひっくり返すことは「岩おこし」と呼ばれる。海女は漁のあいだ岩おこしを何回もくり返す。もちろん岩おこしはウニをとるための行為であるが、このとき同時に、岩の上や海底との隙間に堆積した砂を取り払うことにもなる。ここに私は、里海的資源利用を見出すのである。
なぜならば、岩おこしで岩の表面に堆積する砂が取り払われることによって、海藻が岩肌に生えることができる。ウニやサザエの餌となる海藻の生長が促進されるのである。また、岩と海底との隙間にたまった砂が除かれることによって、ウニの生息場所も確保される。つまり、岩おこしというウニをとる行為が、同時に、ウニの餌を育て、ウニの生息環境を整備することにつながっているのである。これはまさに「里海」と呼ぶことができる資源利用ではなかろうか。
海女自身も岩おこしの効用をじゅうぶんに意識している。もしも岩おこしによる人為的な海のかく乱がなかったら、九頭竜川河口域に位置する漁場は砂で埋まってしまうだろう。河口域に最も近い米ケ脇の海女は「海も畑とおなじように耕さないとダメになる」ともいう。海女は、自分たちが沿岸環境を「守り育てている」という意識をしっかりともっているのだ。このような意識が、資源の持続的利用にとって必要なのである。
私は、沿岸の資源や地形認識、季節ごとの変化などの知識・知恵を所有し、資源利用の当事者であり、かつ、積極的に資源の管理にも努めている海女をふくむ漁民が、沿岸環境保全の主体者であるべきだと考えている。しかし近年、主体者であるべき漁民の存続が危ぶまれている。少子高齢化や担い手不足は、日本の沿岸漁業に共通の問題である。この問題を解決するためにも、まずは地域固有の沿岸資源利用についてしっかりと理解する必要があるだろう。そこには、海の豊かさを持続的に利用するために学ぶべき、先人の知恵と技術と思想があるからだ。



図1.福井県坂井市三国町の雄島半島の海女村


漁場に向かうベテラン海女
(安島にて、20167月中村亮撮影)



昔ながらの木の桶を使用したサザエ漁
(安島にて、20167月中村亮撮影)

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